『猫は抱くもの』大山淳子著 猫も人も愛する生き物


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 いつだって片思いである。道端で猫を見つけるたびに。一瞬、目が合う。たまらなく触りたくなる。ちょっとだけ、一瞬でいいからなでさせて。そう念じながらしゃがみこむ。自分の指先が彼(もしくは彼女)に触れる。すると、ついっと向こうへ行ってしまう。にもかかわらず数歩先で、彼(もしくは彼女)は立ち止まり、こっちを見てじっとしている。

え、何。こっちに来いってこと? もちろん追いかける。触ろうとする。すると逃げる。なのに1メートル先で、彼(もしくは彼女)は今度はおなかをごろんと出しながらこっちを見ている。えー何何、どうしろと言うの。猫語がわからない私はただただ翻弄されまくるのみだ。
 けれど猫語を理解する人間というのも確かにいるのだ。この本の筆者も、それなのだろう。ここに収められた物語の一部は猫の一人称で語られる。そしてまあ、見事なまでに、猫たちは飼い主と信頼関係で結ばれている。なんて美しい。なんてうらやましい。だって、このタイトルからしてもうど真ん中なのだ。「猫は抱くもの」。なでさせてもらうものでも、あわてて後を追うものでもなく、「抱くもの」。「抱く」には「抱く」に至るまでの信頼関係が必要なんである。
 ここに出てくる猫たちは、飼い主を強く強く愛している。でも愛されている側の飼い主の方は、ちょっと不器用で孤独な日々の中にいる。というか、出てくる人間たちはいずれも不器用で不格好だ。それぞれの人生を上手に運べなくて、でもどうしてもゆずれないものがあって、そのはざまでもがいている。
 印象的なのは、絵描きとその飼い猫のエピソードだ。「猫は抱くものだ」と言ったのはその絵描きである。ゴッホと呼ばれるその男は、自分を恋い慕う思春期の姪っ子を突き放し、姪っ子の心はその悲しみでいっぱいになってしまう。彼女の行動がやがて彼に悲劇をもたらすわけだが、その行動が悪意ではなく、「よかれと思って」やったことだというあたりがこの本の優しさである。
 そう、悪意。特に外で暮らす猫は、人間のそれに触れることが多かろう。この本にも、そんな場面がほんの少し描かれる。それでも猫は飼い主を愛し、人間たちも何かを愛して居場所を探す。ラスト、ここからまた物語が始まる予感がして、ひだまりのような読後感に酔った。
 (キノブックス 1500円+税)=小川志津子
(共同通信)
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。

猫は抱くもの
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小川志津子