『リストランテ アモーレ』井上荒野著 不意に横切る鮮烈な彩り


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小川志津子

 出てくる食べ物がおいしそうな小説や映画を、そして登場人物たちがそれらを深く愛している小説や映画を、私は全面的に信用することにしている。タイトルからわかるとおり、これは小さなレストランを舞台にした物語だ。店を営むのは若い姉弟。姉が接客し、弟が料理を作る。

姉や弟、常連客やその恋人たちと、章ごとに語り手を変えながら、姉弟の人生と恋愛模様が紡がれる。姉はひとりの人を長いことずっと愛しており、弟はわりと奔放な女性遍歴を淡々と重ねている。
 よくある展開、ではある。「章ごとに語り手が変わる短編連作集」も「決して器用ではない主人公たちの日々を描く物語」もそこらじゅうにある。けれど一気に読み進めることができたのは、描かれる光景の彩りが独特だからだ。姉の日々も、弟の日々も、どちらかといえばモノクロに近い。けれど彼らの日常に、極彩色の彩りをまとった人物が横切る。それは愛する男だったり女だったり、愛する人のことを愛している女だったり、唐突に現れては消える父親だったり。そして何よりも極彩色なもの、それは料理だ。「ウイキョウのグラタン」とか「太刀魚オーブン焼き、赤玉葱の甘酢煮のせ」とか「ホタルイカと菜の花のスパゲッティ」とか、見たことはないけれどふわふわと湯気をあげるそれらが目の前に迫るようだ。
 登場人物たちの恋路は、なかなか思うようにいかない。こんなに好きなのに届かないとか、どうやら何股もされてるようだとか、大好きな人に家族ができちゃったとか。恋愛とは、理不尽を丸のみするような営みである。何なんだよー!って叫びたくもなる。それでも、彼らは恋することをやめない。
 そして訪れる最終章。ここへ来ての視点の大転換に、読み手は少しハッとする。人と人は、同じ場所にいても、違う風景を見ている。この本が教えてくれるのは、それを憂えるのではなく、ただ穏やかに眺めること。そういうまなざしでいてこそ、通り過ぎる一瞬の彩りに反応することができるのだ。
 (角川春樹事務所 1400円+税)=小川志津子
(共同通信)
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。