『吉田松陰』井崎正敏著


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

至誠という倫理の貫徹
 今さらとは思ったが、読み出したら止まらなくなった。一つはもちろん吉田松陰の人間的魅力にある。裏も陰もない誠一筋の人間の、激烈にしてさわやかな生きざまは英傑の範型として永遠である。

 これまでさまざまな松陰像が造形された。「忠君愛国」の尊王主義者、民族の独立を訴えた革命家、自由と平等を重んじたリベラルな教育者。著者は時代の価値観に従って造形される松陰像を排し、その生涯から私たちが受け取るべき果実は何かを問うた。
 米艦に乗り込んで直談判した密航計画、獄舎における囚人相手の講義、松下村塾生に命じた幕府要人暗殺計画など、その思想と行動の意味を著者は松陰の書き残した言葉を基に精緻に読み解いていく。
 松陰の政治思想は尊王攘夷論から一君万民論に至り、最終的に独立した個々が一国独立を目指して連帯するというイメージに結実した。そして誰より松陰自身が独立した主体として生きようとした。
 激しく生を掘り進める駆動源は一貫して「至誠」の倫理だった。誠の貫徹はしばしば既成の秩序に抵触し、狂態と映る。だが松陰の生きざまが常に周囲を感化し、今も私たちの心を動かすのは、そこに時代を超えた普遍的な力があるからだろう。
 それにしても日本は、ペリー来航から今に至るまで米国を写し鏡として自画像を描いてきた国であることをあらためて知った。松陰は国が真に独立するとはどういうことかを問い続けた。それは今もラディカルな問いとして目の前にある。
 (言視舎 2700円+税)=片岡義博
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

吉田松陰 (言視舎 評伝選)
井崎 正敏
言視舎
売り上げランキング: 599,104