Mr.マリックにユリ・ゲラーがビビった日


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『しくじり先生』出演に寄せて

▼超魔術師Mr.マリック(本名:松尾昭)に、大ブレークするまでとその後についてじっくり話を聞いたことがある。先日はテレビ番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(6月29日放送)に、ご本人が先生として登場して一端を語っていたので、補足的に逸話を紹介したい。

▼1974年、松尾が「マリック先生」と名乗り、東京都内の百貨店で手品商品の実演販売をしていたころ、テレビに自称「超能力者」ユリ・ゲラーが現れ、あのスプーン曲げを披露。日本中が大騒ぎになった。
 「あれはマジックだけど、起きる現象を先に言わないというマジックの鉄則を壊して、彼は『曲げる』と言って曲げた。“念力”を送ると、視聴者にも曲がる人がいたのもすごかった」とマリックは言う。<偶然曲がっちゃう視聴者>も計算に入れたユリの見せ方の勝利だった。
▼ユリが去ると、「超能力」という亡霊だけが残り、マリックは焦った。「彼を超えない限り、お金を払って手品を見てくれる人はいなくなる」。自身も鉄則を捨て、10年以上かけて、高度なスプーン曲げや“予知”“透視”“貫通”など数々の技を編み出した。ホテルラウンジで披露し始めてから2年後の89年には、テレビで自身の冠特番。旋風となった。
▼そしてその日が訪れる。91年秋、マリックは東京・赤坂のホテルの一室にいたユリ・ゲラーに呼ばれ、対面した。ユリに箱を渡し、「何でもいいから中に入れて」と伝えてマリックは退室。間もなくで戻り、「中身はせっけんですね」。“透視”してみせた。
 ユリは目を丸くし、「種を教えてくれ」とすがる。マリックは断り、エレベーターに向かったが、ユリが乗り込んできて上へ下へと3往復。その場では種を明かさなかったというが、結局どうだったか…。いずれにしろ「この一件で亡霊がようやく消えたんです」。
▼だがその後、マリックは苦境に立たされる。超能力と見まがう手品をしているだけで、「超能力です」と言った覚えはないのだが、視聴者らから「インチキ」「詐欺師だ」と激しいバッシング。強いストレスで顔面まひを患い、日本を離れた時期もある。ただ、腕を休めることはなかったそうだ。
▼マギー司郎から筆者が聞いたマリック評がある。
「マリックさんは冗談抜きで、世界一マジックが好きな人だと思うのね。24時間マジックのことを考えているような人。僕は彼に力を引き出してもらった。僕の寄席芸的なものは大きなホールじゃ無理だと思っていたけど、『マギーちゃん、やったら絶対うまくなるよ』って暗示をかけてくれた。僕ら2人ともお酒はほとんど飲めないし、笑っちゃうのは、焼き肉店で半分以上食べ終えてから『マギーちゃん、なんか味が薄くない?』『あ、タレが来てないね』って気付いたなんてこともある。普段はマリックさんも普通の人。でも、お客さん全員とスプーン曲げをやるマリックさんを舞台袖で見ていると必ず思うよ。『ほんとに魔法使いだ』って。無理がないし、照れがない。みんな自然に彼の世界に引き込まれていくんだよね」
▼苦難の季節を越えて、マリックは何を思ったか。「皆さんを驚かせて笑わせて、ひととき、夢を見せたい。やっぱりそれだけなんですよ」。変わらず手品の研究と練習を重ねた。「マジックには必ず種があります。ただ、誰も見破れなければそれは、魔法使いを演じるというより魔法使いでしょ。そのレベルまで、いけると思うんです」。(敬称略)
 (宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第76回=共同通信記者)
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宮崎晃のプロフィル
 みやざき・あきら 共同通信社記者。2008年、Mr.マリックの指導によりスプーン曲げに1回で成功。人生どんなに窮地に立たされても、エンタメとユーモアが救ってくれるはず。このシリーズは、気の小ささから、しょっちゅう瀕死の男が、エンタメ接種を受けては書くコラム。
(共同通信)

「キテます!」。Mr.マリック
宮崎晃