社会

「平和続くよう見守って」 新城さん、夫しのび長崎式典へ

夫や原爆犠牲者のみ霊に「平和を願いたい」と語る新城美枝さん=5日、石垣市登野城

 【石垣】長崎市の平和公園で9日に開かれる長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に、原爆犠牲者として名前が記された夫を弔うため、石垣市登野城の新城美枝さん(79)が初めて参列する。夫の寛一さんは2014年4月に脳梗塞のため死去した。美枝さんは「夫や犠牲者の皆さんに平和な世が続くよう見守って下さいと祈りたい」と話した。

 竹富町小浜島出身の寛一さんは小浜国民学校卒業後の1942年、15歳の時に長崎県の造船所に働きに出た。戦局は次第に悪化し古里の沖縄では地上戦も始まった。しかしそんな状況も分からないまま45年8月9日、原爆に見舞われた。
 突然だった。空襲警報で近くの稲佐山の麓に逃げ、原爆は山の反対側に落ちたため直接的な被爆は免れた。投下後の街の姿は一変。川沿いにはおびただしい数の死体が横たわっていた。
 美枝さんは「建物も人も見る形はなかったと聞いた。夫はそれ以外に当時のことを詳しく話さなかったが、山がなければ自分も同じだったと。言い表すのが難しい惨状が広がっていたのだろう」とつぶやいた。
 その後、寛一さんは帰郷し、64年には長崎時代の仲間たちと国に働き掛け、原爆医療法が適用されるようになった。原爆の健康への影響は不明のまま50代で胸膜炎を発症。入院を繰り返し87歳で亡くなった。
 美枝さんは「戦後も被爆者は苦しみ続けている。夫も苦しんでいたと思う。戦争は反対だ」と語気を強めた。(謝花史哲)