【島人の目】歴史を食う


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 ミラノの隣、僕の住む北イタリアのブレッシャ県には、有名な秋の風物詩がある。狩猟の獲物を串焼きにする料理「スピエド」である。
 狩猟は秋の行事である。獲物は鳥類や野ウサギ、シカやイノシシなど多岐にわたる。それらの肉を使うスピエドは野趣あふれる料理だが、そこは食の国イタリア、肉の切り身に塩やバター等をまぶしてぐるぐると回転させながら何時間も炙(あぶ)り、炙ってはまた調味料を塗る作業を繰り返して、最後には香ばしい絶品の串焼き肉に仕上げる。
 狩りの獲物料理はイタリア全国にある。しかしもっとも秋らしい風情のあるスピエド料理はブレッシャ県にしかない。これは一体なぜか。
 ブレッシャにはトロンピア渓谷がある。そこは鉄を多く産した。そのためローマ帝国時代から鉄を利用した武器の製造が盛んになり、やがて「帝国の武器庫」とまで呼ばれるようになった。その伝統は現在も続いていてイタリアの銃火器の9割近くはブレッシャで生産される。世界的な銃器メーカーの「べレッタ」もこの地にある。
 銃火器製造の本場だけに猟銃の入手がたやすく、古くから狩猟の習慣が根付いた。狩猟はスピエド料理を生み、それは今でも人々に楽しまれている。つまりスピエドを食べるということには、ヨーロッパの基礎を作ったローマ帝国以来の歴史を食する、という側面もある。
 イタリアにいると時々そんな壮大な思いに駆られる体験をして、ひとり感慨にふけることがある。
 (仲宗根雅則、イタリア在住、TVディレクター)