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「スポーツの島」で沖縄経済を活性化 プロ野球春季キャンプ 観光振興、まちづくりにも貢献<沖縄DEEP探る>


「スポーツの島」で沖縄経済を活性化 プロ野球春季キャンプ 観光振興、まちづくりにも貢献<沖縄DEEP探る> 中日の練習試合に訪れた来場者ら=17日、北谷町のAgreスタジアム北谷
この記事を書いた人 Avatar photo 古川 峻

 1日から始まったプロ野球春季キャンプ。16日から巨人が沖縄県内で2次キャンプをスタートさせ、予定していた日本野球機構の9球団が沖縄にそろった。各球団がシーズン開幕へ向けトレーニングに励んでおり、23日からはオープン戦も始まる。キャンプはプロ野球を身近に感じる機会であるのに加え、これまで県経済の活性化や、施設の整備などまちづくりにも一役買ってきた。

 巨人の沖縄キャンプ初日、沖縄セルラースタジアム那覇は大勢の来場者でにぎわっていた。昼食時はキッチンカーに長い列ができ、スタンドには観光客のほか、遠足で訪れた保育園児や野球帽をかぶった少年らが選手に声援を送っていた。

 家族7人で訪れたという嘉芸小6年の金城文太さん(12)=金武町=は「坂本勇人選手のバッティングを見に来た」。物心ついた頃から毎年来場し、今年も本島内の全キャンプを巡る予定だ。将来はプロ野球選手になることを夢見ている。「キャンプを見ると野球をやりたくなる」と刺激を受けていた。

春季キャンプを訪れて記念撮影をする巨人のファンら=16日、沖縄セルラースタジアム那覇

 各球団は地元との交流も図っている。うるま市では昨年から阪神の2軍がキャンプを張り、選手が小学校を訪問したり、少年野球チームに教室を開いたりしている。今年は勝連城跡で選手らが連覇を祈願した。うるま市の國場操スポーツ課長は「観光客にもうるま市の魅力を知ってもらい、夏場にまた戻ってもらいたい」と述べた。

 りゅうぎん総合研究所によると、2023年のプロ野球春季キャンプの経済効果は101億5300万円。コロナ禍を経て3年ぶりに100億円台に戻った。過去最高は19年の141億3100万円となっている。

 わがまちの球団

 沖縄のプロ野球キャンプは、1979年に名護市に入った日本ハムを皮切りに、82年に広島、83年に中日へと広がりを見せる。キャンプ誘致は街の活性化とも結びついている。

 広島は81年11月に沖縄市総合運動公園(現コザ運動公園)を視察し、当時の桑江朝幸市長にキャンプ実施を申し入れた。市の歴史をまとめた冊子「KOZA BUNKA BOX」などによると、桑江市長は「誘致は青少年の健全育成のメリットがある」と歓迎し、市がピッチングフェンスの設置など施設面の整備に協力した。

1982年から広島東洋カープの警備に携わってきた豊里友情さん=17日、沖縄市のコザしんきんスタジアム前

 84年からは市が屋外総合練習場を建設し、広島はその年に優勝を果たした。キャンプ1年目から警備に携わる豊里友情さん(72)=沖縄市=は「山本浩二選手が人気で優勝パレードに大勢の人が来た」と懐かしそうに語る。

 90年に暴力団抗争が勃発すると、選手が巻き込まれる懸念からキャンプ撤退の話も。新川秀清市長らが「沖縄のイメージダウンになる」と精力的に球団と懇談し、継続が決まった。現在も球場で警備に立つ豊里さん。街の変化について「今ではさまざまなチームがキャンプをしている。16年の優勝は最高の思い出になった。わがまちのチームの活躍がうれしい」と語った。

 サッカー、ハンドも

 現在、沖縄はあらゆるスポーツで合宿地に選ばれている。サッカーは2011年から、県などのスポーツツーリズム推進事業の一環で、キャンプが始まった。県が芝管理のプロを育成するなど環境を整備するとチーム数は増えていき、今年は24チームが参加した。

 今年初めて始まったのはハンドボールキャンプだ。1月に琉球コラソンやゴールデンウルヴス福岡、海外から台湾、シンガポール、マカオのチームが参加し、5日間で選手も含め約1100人が訪れた。琉球コラソンの水野裕矢CEOは「沖縄の強みを生かして沖縄のハンドボールを盛り上げていきたい」と力を込める。

 これまで各球団が単独で合宿することはあったが、今回は県の助成を受けて琉球コラソンが主導した。アジア選手権の兼ね合いで日本リーグの球団の参加は少なかったが、「インバウンド(訪日客)が予想以上に増えた。野球やサッカーのように沖縄に球団を集めたい」と手応えを語る。キャンプ中はジュニアクリニックも開いた。今後は大学生や育成年代の参加も見据え、「キャンプをより広く、より大きくしてきたい」と展望を語った。

 県はスポーツを通した観光振興を図るため、スポーツツーリズム関連のさまざまな取り組みを続けている。「スポーツアイランド沖縄」は多くの人を魅了している。

 (古川峻)