prime

4度目の五輪代表「石垣の子たちにメダルを」 自転車ロード・新城幸也<沖縄からパリへ>9


4度目の五輪代表「石垣の子たちにメダルを」 自転車ロード・新城幸也<沖縄からパリへ>9 東京五輪の自転車男子個人ロードレースで、集団の中を走る新城幸也(右端)=2021年7月24日、東京都稲城市の多摩ニュータウン
この記事を書いた人 Avatar photo 古川 峻

 2003年4月、八重山高校を卒業したばかりの18歳の少年が、パリの地に降り立った。自転車ロードレースで生きていくため、石垣島から単身渡仏した新城幸也だ。長くフランスで実力を磨き、4大会連続で五輪代表になった39歳の第一人者は、第2の故郷での五輪に「運命的な土地で日本代表として走れるのがうれしい。うれしいという言葉以上の表現が見つかればいいのだけれど」と笑顔がはじけた。

 4度目の五輪は年齢的にも「自分の後が出てきてくれないと困る」と最後だと見込んでいる。それでも「集大成という言い方は違う」と力を込める。

 日本人として初完走を果たしたツール・ド・フランスに7度出場し、2度の区間敢闘賞を獲得。ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャを含めた世界三大レース「グランツール」では計16回の完走を誇る。

 昨年のアジア選手権で3位になり、日本男子の出場枠を獲得。その後は国内選手と枠を争い、数々のワールドツアーに出場してはポイントを稼いで代表権を勝ち取った。「今も自分自身に期待している」と衰えを知らない。

新城幸也

 昨年12月から、ジロ・デ・イタリア優勝など数々の功績を残したミケーレ・バルトリをコーチに迎え、細かな指示を受けてトレーニングを積んできたことが功を奏した。「8月3日のオリンピックに合わせるため、全ての準備を進めてきた」と選考過程を振り返る。

 これまで五輪はロンドンで48位、リオで27位、東京で35位だった。「トップ10にもまだ入れていない」と静かに闘志を燃やす。「ロードは誰が勝つか最後まで分からない。いい結果を導き出して、石垣の子どもたちにメダルを見せられたらいい」と展望を語った。

 五輪史上最も長い男子のコースは起伏が多く、石畳の区間があるなど特徴的な273キロだ。通常、パリを走る機会があるのはシャンゼリゼ大通りを駆け抜けるツール・ド・フランス最終日だけだ。今年は五輪のために、ツール・ドのゴールがニースに設定された。「もうパリで日本代表のナショナルジャージーを着ることはないだろう。人生最後の一日を楽しみたい」

 6月の全日本選手権で思わぬ落車をしたが、「これも少しブレーキを踏めということ」と前向きに捉えている。同月、故郷で新城の壮行会が開かれ、約200人に送り出された。「長い競技時間の苦しい時に、いろいろな人の顔や声援を思い出す。声を掛けて応援してほしい」。異境の地で道を切り開いてきたパイオニアが、花の都を走って魅せる。

 (古川峻)


 あらしろ・ゆきや 1984年9月22日生まれ。八重山高出、バーレーン・ビクトリアス。ツール・ド・フランスを7度完走。男子個人ロードレースで12年ロンドン五輪48位、16年リオデジャネイロ五輪27位、東京五輪35位。170センチ、64キロ。