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悲願のパラ代表入り 「守っているだけじゃ勝てない」攻撃磨く ゴールボール・安室早姫<沖縄からパリへ>10


悲願のパラ代表入り 「守っているだけじゃ勝てない」攻撃磨く ゴールボール・安室早姫<沖縄からパリへ>10 ゴールを狙う安室早姫(日本ゴールボール協会提供)
この記事を書いた人 Avatar photo 古川 峻

 光を遮断するアイシェード(目隠し)を装着し、1チーム3人で鈴が入ったボールを転がすように投げて得点を競うゴールボール。八重瀬町出身の安室早姫は、鋭い聴覚を生かした守備力に加え、攻撃力を強化してきたことが実を結び、悲願のパリパラリンピック代表入りを果たした。リオデジャネイロと東京の両大会で出場を逃しており「やっとスタート台に立てた。責任を感じている」と決意を込めた。

 小児がんの一種「網膜芽細胞腫」で1歳の頃に失明した。沖縄で治療が難しかったため、両親は東京の病院と沖縄を行き来していたという。「家族は私以上に大変だったと思う」と語る。それでも「小さい頃からやりたいことは何でもさせてくれた」とさまざまな体験で素地が作られた。

 競技を始めたのは筑波大付視覚特別支援学校高等部2年生の時だ。教師から声が掛かり、ゴールボールの大会に初参加した。ここで決定的な経験をする。対戦チームのエースがあと一球で試合を終わらせようとしていたため、「絶対に止める」と意気込んだが、ゴールを許し10点差でコールド負けした。「ボールを全部止められるようになりたい」。当時の悔しさが原動力になっている。

 安室は比較的早くに視力を失ったため、日常生活から音を繊細に聞き分けたり、気配を察知したりする能力にたけている。それが持ち前の守備力につながっていたが、近年は「守っているだけでは勝てない」と攻撃力の強化にも励んできた。

安室 早姫

 背景には厳しい代表選考がある。日本はロンドンパラで守り勝って金メダルを獲得したが、リオでは世界各国が攻撃力を上げて苦戦し、5位だった。東京では日本選手も攻撃力を磨いて銅メダルを獲得。攻撃強化の流れは代表入りに近づく必要条件だった。

 安室は新型コロナ禍でチーム練習がない時も、近所の公園で黙々とスローイングを強化した。親に見てもらいながら、音が鳴りづらいようにボールを高く上げた状態で助走し投げる独特なフォームを追求。体幹を鍛えて全身を使い球威を増してきた。今ではセンター、ウイングと複数ポジションをこなせるように成長した。

 8月29日から9月5日までの本番に「まだ実感が湧かない」と語る。パリでは「自分の力を発揮してチームの目標を達成したい」と金メダルの奪還を目指す。支えてくれた家族へ恩返ししたい思いもある。「一度でいいから家族にパラリンピックのコートに立っている姿を見せたかった」。夢の大舞台で躍動を誓う。

 (古川峻)


 あむろ・さき 1993年3月5日生まれ。八重瀬町出身。沖縄盲学校―筑波大付視覚特別支援学校高等部―明大出、SMBC信託銀行。2015年のアジアパシフィック選手権や17年ジャパンパラで優勝。23年ワールドゲームズ準優勝。