<金口木舌>重蔵の気概


<金口木舌>重蔵の気概
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 「馬鹿も利口も命はひとつたい」。作家五木寛之さんの「青春の門 筑豊篇」にこんな言葉が登場する場面がある。炭坑で落盤事故が発生し、朝鮮人の坑夫たちが坑道に閉じ込められた時だ

▼命を救うには別の坑道を破壊するほかないが、経営側は命を軽んじ生産を優先する。物語の主人公の父、伊吹重蔵は現場の頭領。命をかけて救助を決意した際に言葉が出た
▼そんな場面を思い起こさせる未解決の炭鉱事故がある。山口県宇部市の長生炭鉱水没事故は1942年2月に発生した。沖合地下の坑道が崩壊して海水が流入、沖縄出身の5人を含む日本人47人と、戦時動員されるなどした朝鮮人136人が死亡した
▼遺体は今も海底に眠っている。無念のまま亡くなった人を80年以上も放置するとは。遺族らが早期引き上げを望むのはもっともだ
▼国との協議は続くが、返答は今もつれない。遺骨の埋没位置や深度などが不明で遺骨発掘は困難という。物語のような決意を迫る訳ではない。命を等しく尊んだ重蔵の気概の片(へん)鱗(りん)でもいい、行動で示せないか。