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不信から信頼へ 知事の忠告は日本に有益<佐藤優のウチナー評論>


不信から信頼へ 知事の忠告は日本に有益<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 8日午後、那覇市の琉球新報ホールで行われた第1回人間の安全保障フォーラム(琉球新報社、ゴルバチョフ財団日本事務所主催)に出席した。玉城デニー知事と踏み込んだ討論を行えたことがとても有益だった。筆者の理解では、玉城知事は「不信から信頼」への構造転換を県内でも日本との関係でも行おうと本気で努力している。

 辺野古新基地建設問題を巡って沖縄社会には分断が生じかけている。この状況を知事は対話によって克服しようとしている。辺野古新基地建設を容認する県民とも対話していくという姿勢を明確にした。

 新基地建設を容認する見返りに経済的利益を得るのが現実的だ、日本の国防を強化するために新基地を積極的に受け入れるべきだと考えるウチナーンチュも自分の意見を率直に知事に伝え、どのような選択肢が沖縄のためになるか真剣に議論してほしい。そこから立場は違っても沖縄人同士の信頼関係が強化される。

 知事は特定のイデオロギーや政治的立場から辺野古新基地建設問題に対応しているのではない。沖縄の民意と日本の法律の常識的解釈に従っていることが今回の討論を通じて伝わってきた。

 <有事への懸念について玉城知事は「国からの情報が不十分であり、当事者でありながらウチナーンチュが排除されている。県民の命を守るためにも、権利を主張しなければ」と危機感を表した>(9日本紙)。

 知事の主張は日本の利益にも合致する。沖縄人の底流には「われわれは自己決定権を持っている」という意識が流れている。他の日本とは異なる琉球王国の歴史を継承するという意識も沖縄人のアイデンティティーの一部になっている。

 当事者である沖縄人を排除するような中央政府の姿勢に対して、われわれは強い不満を持っている。中央政府は強い姿勢で沖縄に臨めば、沖縄人は諦めると思っているかもしれないが、それは大きな間違いだ。沖縄人は中央政府の強権的な姿勢に対して我慢しているのであり、諦めているわけではない。中央政府だけでなく、普通の日本国民も、「我慢」と「諦め」の違いを正確に認識してほしい。

 沖縄という他の日本と異なる地域に、中央政府が適切な情報を提供せず、戦争への備えを強めるような政策をとり続けると、沖縄人の心が日本から離れていく。そして国家統合の危機が生じる。どうもこの可能性を中央政府の政治家や官僚も、大多数の日本人も真剣に捉えていないようだ。

 台湾有事に日本が関与するということは、沖縄が戦場になる可能性を意味する。そのとき沖縄の食糧事情はどうなるのだろうか。2021年に県で生産された米は2160トンだ。日本全体の米の生産量は756万3千トンだ。有事で物流が途絶えた場合、沖縄で深刻な飢餓が生じることは間違いない。台湾有事を巡る勇ましいが、県民の生活を考えない不真面目な論議にわれわれが付き合う必要はない。玉城知事の中央政府への諌言(かんげん)は、日本の国家統合を維持するためにとても有益だという現実を日本人は理解した方がいい。

(作家、元外務省主任分析官)