講演内容05


講演内容5


「1・57ショック」■


 我が国の人口は既にピークを過ぎ、もう人口が減っているステージに入っていることはご存知のとおりだと思います。2055年、これから50年ほど先には、合計特殊出生率が直近の1・26のまま推移するとして、我が国の人口は9,000万人を割ると見込まれています。減ってくるだけではなくて、その人口の内訳をみると、経済社会を支える生産年齢人口が減り、高齢化率が高まってきます。その大きな要因は出生率がずっと下がってきているということです。1966年丙午の年が1・58という合計特殊出生率でしたが、この出生率を下回ったのが1989年、戦後最低の1・57で、数字から『1・57ショック』と言われました。この1・57ショック、少子化の進行を受けて国の方では育児休業法の制定、エンゼルプラン、新エンゼルプラン、最近では子ども子育て応援プランなどさまざまなプランの策定が行われ、2003年には次世代育成支援対策推進法が制定されるなど、子育てを支援するための政策手段は、ある意味総動員されてきたかと思います。それでもなお出生率の低下に歯止めがかかっていません。


 (3)の資料は、労働力人口の見通しです。つまり、このままの状態で人口が減っていくと労働力人口つまりは働き手はどうなっていくかを示した推計値です。2004年を基礎にしたものですが、2004年の労働力人口は6,642万人で、それが2030年になると約1,000万人減って、5,597万人ぐらいになると見込まれています。働く意欲、能力が充分あるにも拘わらず就業の機会が得られない層、女性が一番多いのですが、若者、高齢者を含めそれらの人々に対する就業支援をすれば、1,050万人ぐらい減る労働力人口の減り方を530万人までに留めることができる、とされています。何も働き手が減るから女性にも働いてもらうということではありません。まだまだ働きたいと思っている女性達、何となく働きたいというのではなく、意欲もあり、かつそれに向けての能力を自分で磨く努力をしている女性達もたくさんいます。そういう人たちに対する施策を、さらにこれから進めていかなければいけないということを理解していただく一助としてこの資料をお示ししました。


 そういう観点から、それでは女性の就業をどのようにこれからサポートすることが必要かについて3つ4つお話したいと思います。


就業サポート策■


 1点目は、何よりも仕事と子育ての両立を支援するための施策、環境の整備です。今や女性が働くことは当たり前のことになっていますが、家庭内でのさまざまな家事、育児も、ほとんど女性がやっているということは、以前と大きくは変わっていません。統計数字によると先進国の男性の家事育児時間は、だいたい2~3時間ですが、我が国はこれが48分で、もう少し男性にも家庭内での仕事に関わってほしいというのが率直なところです。また、最近育児休業の取得率についての調査結果が厚生労働省から発表になりました。子どもを生んだ女性が育児休業をどの程度とっているかというと88・5%です。それに対して配偶者が出産した男性の育児休業取得率は0・57%です。ちょっと桁が違うのではと思うぐらい低いのです。この背景にはいろいろなことがあると思いますが、ひとつには男性の長時間労働があるのではないかと言われています。ある統計によると、週60時間以上働いている人達の割合が特に30代~40代の働き盛りの男性で、約2割です。この年代はまた子育て盛りの年代でもありますが、週60時間働くと週40時間制ですから残業が20時間ということになります。週5日で割ると1日4時間、それに通勤時間を加味すると、実際には、もう家へ帰って家事育児をやる余裕もないぐらいの労働時間ということになります。そういうことから女性の方に育児負担がかかってきます。子育て支援策をいろいろやってもなかなか出生率が回復しないことについては、子育て支援策だけではなくて、働き方そのものの見直しがなければ回復は無理ではないかという認識が最近広まってきています。


ワーク・ライフ・バランス■


 いま政府では内閣府が中心になってワーク・ライフ・バランス(WLB)、ワークというのは仕事、ライフというのはワーキング・ライフ以外の生活ですが、このワーク・ライフ・バランスを実現することが非常に重要だということで、そのための憲章づくり、行動指針作りがすでに始まっております。そう遠くない時期にまとめることを目指しているようです。


 ワーク・ライフ・バランスというと、企業の方は何かコストがかかるのではないかと思われるかも知れませんが、自社で一生懸命ワーク・ライフ・バランスに取り組まれている企業のトップの方は、「これは決してコストアップということではなく、企業にとっても非常にメリットがある。まず仕事のやり方を見直さなければできないので、無駄を省くよう業務の見直しをすることによって生産性が高まるということがひとつ。


 2つ目は何といっても、働く社員のモラールがアップする。3つ目は優秀な人材が確保できる。これらを考えると、ワーク・ライフ・バランスを進めることは決してコストアップではない」と言っておられました。


 働く人達の満足度が上がるという効果があり、企業にとってもメリットがあるというワーク・ライフ・バランス実現のために当財団としてもぜひお手伝いをしたいと考え、ワーク・ライフ・バランス企業の診断認証事業を開始することと致しました。この事業はお手元の資料にある「企業におけるワーク・ライフ・バランス診断のチェックシート」と「認証基準」をもとにして、企業自ら診断していただき、認証基準のレベルに向けて取り組みを進めていただくことが最初のステップです。これらの資料は当財団のホームページで公開しています。次のステップは当財団による認証です。基準に沿ったWLBが実現している企業を認証することによって、先ほどの企業の方がおっしゃっておられたように優秀な人材の確保に繋げていくことが可能になりますし、何よりも社会的に評価することによって、ワーク・ライフ・バランスの重要性を、社会一般に広めていくことができる、広めていきたいと考えています。本日は企業経営者の方々もいらっしゃると聞いております。ぜひお持ち帰りいただいて、ご自分の会社について診断をしていただければと思います。この認証事業部分は今準備中で、11月からスタートすることにしています。


 第2点目は、子育ての一時期は仕事を中断して育児に専念したいと考えている女性がもう一度仕事に戻りたいという時に必要な再就職の支援です。ここ沖縄でも、当財団の沖縄事務所で再就職を希望する女性のためのセミナーや研修会を開催するなど、お手伝いをしていますが、これはまだまだこれから取組まなければいけないテーマです。


 第3点目は、最近格差問題の一つとしてパートタイム労働者の問題に関心が集まっていますが、この方々の処遇の問題です。つまりパートタイム労働者とフルタイム労働者の均衡ある処遇を実現するという課題です。


まだ十分でない支援策■


 第4点目は、機会均等、女性の活躍支援という観点での課題です。均等法は二度の改正を経て大きく強化されましたが、これでもういいかというと決してそうではありません。女性が過去に十分な教育訓練を受けてきていない、いろいろな仕事の経験をしてこなかったことで、いま時点では、平均しての話ですが、女性と男性では必ずしも同じスタートラインには立ってないということは十分考えられます。放っておくと、この差はいつまでも引きずることになります。そこで、例えば女性について特別の研修をする、女性と男性と差がないような評価のシステムを作る、女性が就いたことがない仕事にも複数の女性に就いてもらうなど、さまざまな取組をすることによってこの差が縮まってくることが期待できるわけです。これらの取組はポジティブ・アクションといわれていますが、真に女性の活躍を支援するためには過去のいろいろな取扱の違いから生じてきている差を埋めるための努力が必要になってくると思います。こういうことは、ぜひ企業の皆様方にもご理解をお願いしたいと思います。女性を管理職にしようと思っても嫌がることが多いとか、女性の方もいきなり難しい仕事をやれと言われても尻込みをしてしまうということをよく聞きますが、育成のされ方に影響されている面が大きく、そこを埋めるための努力を企業の方々にお願いしたいと思います。


モデルになる先輩を■


  最後に、女性達と話をしていますと、ロール・モデルがいない、つまり企業に入って一生懸命やっているのだが、前に見習うべき先輩がいないというのが大きな悩みのようです。


 沖縄の女性達、非常に活発に活動されておられます。今日も非常に活躍されておられる方々とお会いしました。そういう方々は、これから企業の中だけではなく、いろいろなところで頑張ろうとしている若い人達のロール・モデルに当然なられるわけですが、そういうロール・モデルになる方が若い人達と交流する場、つまり若い人達に「あの人をモデルに頑張ろう」と励みを与えるような場の設定も必要だと思っています。昨日、琉球新報社には女性サロンという企画があると伺いました。そういったところで女性同士の交流を深めることによって頑張ろうという気持ちを女性に持ってもらうことが非常に重要だと思います。実は当財団では東京と大阪でそういう場を持っていますが、なかなか全国的に展開するだけの余裕がありません。沖縄のオピニオン・リーダーでありアクション・リーダーである方々には、そういう観点から女性達への支援をお願いできれば、非常にありがたいと思う次第です。


 ご清聴ありがとうございました。(拍手)


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松原 亘子(まつばら・のぶこ)
 1941年生まれ。東京都出身。64年、東京大学卒、同年労働省(現厚生労働省)入省。婦人局長、労働基準局長、労政局長を経て97年7月、女性で初の労働事務次官に就任。98年10月退官。日本障害者雇用促進協会会長、イタリア大使を務め、2006年1月、21世紀職業財団顧問に就任、同年7月から会長。三井物産社外取締役も務めている。労働省では、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などの策定に中心的にかかわった。


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