社会

コロナ下、つないだ平和の灯 家族ら拍手でランナー応援 激戦地の糸満で聖火リレー

平和の礎を前に聖火をつなぐランナー=2日午後、糸満市摩文仁の平和祈念公園(新里圭蔵撮影)

 沖縄戦の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園でつながれた2日の聖火リレー。太平洋戦争で親族が犠牲となり、公園内の慰霊碑「平和の礎(いしじ)」に名前が刻まれているランナーもおり、聖火を通して平和への思いを新たにした。聖火は今回初めて離島に渡り、座間味村ではサバニが使われるなど、沖縄独自の文化も生かされた。


 無観客で開催された平和祈念公園では、青空の下、ランナーたちが沖縄平和祈念堂や「平和の礎」のそばを、それぞれの思いを胸に駆け抜けた。限定して入場が許可されたランナーの家族らは、新型コロナウイルスの感染防止のため、歓声は送らずに拍手に力を込め、平和の火をつなぐ瞬間を見守った。

 1964年の東京五輪聖火リレーを走った福地良夫さん(73)=北谷町=は、孫の屋嘉健人さん(16)=同=の応援に駆け付けた。当時の福地さんも現在の屋嘉さんも読谷高校2年生。福地さんは「57年前の自分とオーバーラップして、いろんな縁を感じた。県民が平和を希求する場所で走ることの大切さも感じてほしい」と目を細めた。

 平和の礎で手を合わせていた八重瀬町の65歳の男性も、沿道で旗を振って声援を送った64年当時を思い出していた。「コロナ禍で参加を決めたランナーはより思いを強くして走ったはず。頑張ったね」と笑顔を見せた。

 与那原町の地域おこし協力隊として活動していた時に聖火リレーに応募した相羽としえさん(55)=与那原町議会議員=は「平和な世の中でなければスポーツもできない。平和をつないでいくことの責任を、公園内を走り改めて感じた」と話した。

 県内の聖火リレーは新型コロナウイルスの感染拡大に伴い何度も開催内容が見直され、「本当に実施できるのか」と心配の声も漏れ聞こえていたが、混乱もなく幕を閉じた。




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