社会

県人会と同じ100歳 ペルーの当山ツユさん

家族に囲まれて笑顔を浮かべる今年100歳の当山ツユさん=ペルー・リマ市

 創立100周年のペルー沖縄県人会と同様、今年100歳を迎え、元気なお年寄りがいる。リマ市に住む県系1世の当山ツユさん。19歳でペルーに渡り81年。戦争など激動の時代を乗り越えた自身の歩みと県人会創立100年を重ね「多くの県人の結び付きがあったからこそ多くの困難を乗り越えられた。おめでたいし今後もずっと県人会の活動が続いてほしい」と感慨深げに話した。

 当山さんは1911年、沖縄市泡瀬生まれ。先にペルーに移った父親と夫の全成さん(95年に83歳で死去)の呼び寄せで1930年に移住。雑貨店を経営し生計を立てた。戦前に移民した県系人はほぼ方言しか話さなかったことなどから他県出身者から差別されることも。「“オキナワサン”と呼ばれて軽蔑された。つらい時もあったけどペルーで頑張って生き抜くという思いで耐えた」と話す。その時に支え合ったのが同じ県出身の仲間だった。
 太平洋戦争が始まると、日本人学校や領事館などが閉鎖されるなどペルー社会も一変。「敵国人」として肩身の狭い生活を余儀なくされた。
 新たな苦しみも生まれた。ペルーで生まれた長男と次男を日本で教育を受けさせるために戦前、沖縄に戻していたからだ。次男が乗るはずだった対馬丸が米潜水艦に撃沈されたと聞き、絶望のふちに立たされた。別の船に乗り無事だったと分かったが、当山さんは「ペルーに残しておけば良かったと本当に後悔した。つらい時代だった」と話す。戦後はレストランやホテルなどを経営。全成さんはペルー日系人協会の第36代会長も務めた。
 100歳の今も「NHKの討論番組が好き」というほど日本や沖縄の政治、社会に関心が高い。数カ月前に足をけがし、欠かさず顔を出していた高齢者の集いには顔を出せなくなったが元気だ。「沖縄県人は強いし、信頼されている。ウチナーンチュであることに誇りを持っている」と当山さん。「ウチナーンチュ大会がいつまでも続いて県民の精神を若い世代にもつないでいってほしい」と力を込めた。(宮城久緒)

英文へ→100 year-old Okinawan Peruvian woman tells her story