巡礼路の終着点の町で、世界中の音楽に触れた旅~Music from Okinawa・野田隆司の世界音楽旅(12)

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サンティアゴ・デ・コンポステラという町を2度訪ねた。スペイン北西部ガリシア地方にある小さな町。キリスト教の巡礼路の終着点の町としても世界的によく知られている。
訪ねた理由は、ここが2014年と2016年の2度、「WOMEX(the World Music Expo)」の開催都市になったからだ。


スペインの料理は見た目も美しく、どれも美味しい。ガリシア地方は海が近いので、海産物はとても新鮮だ。

2014年に「Music from Okinawa」というプロジェクトを始めて、沖縄音楽を海外に紹介するようになった。この年の7月にドイツのベルリンを訪ねて「WOMEX」を主催するピラニア・アーツという会社でヒアリングを行って、出展を決めた。

わずか6年前のことに過ぎないのだが、当時、沖縄の音楽を海外に紹介するのであれば、伝統音楽とポップミュージックをミックスさせた、ワールドミュージック・サイドからアプローチするのが最良だと考えていたのだ。そうした切り口は大切ではあるが、今ではどこか時代遅れな感じになってしまった。


サンティアゴ大聖堂。広場ではヨガを楽しむ人たち。

サンティアゴは、美しい町だ。エルサレム、バチカンと並ぶ、キリスト教の巡礼地の一つでもあり、旧市街は世界遺産に指定されている。
見本市の会場は、サンティアゴの旧市街から車で20分ほどの丘の上にある奇妙な形のコンベンション施設だった。この中の一角にスタンドを設けて、訪ねてくる人たちにサンプルや資料を渡して、プロモーションを行うのだ。


見本市の会場。会場内はスタンドが細かく分けてある。旧市街から会場までのバスは1ユーロ。

沖縄音楽について、スタンドに集まる関係者と話をすると、知らない人が多数。ベテランの人の中には、80年代後半から90年代初頭の、喜納昌吉&チャンプルーズやりんけんバンド、ネーネーズあたりまでは記憶に残っているという人もいたが、以降の情報はほぼ知られていなかった。レコード会社の景気がいい時期は、沖縄のアーティストを海外に紹介する余力もあったと思うが、CDが売れなくなると、そうした動きも下火になってしまったということなのだろう。


THE SAKISHIMA meetingの新良幸人さんと下地イサムさん。会場内に簡易のスタジオを設けたイギリスBBCラジオの番組に出演し、ショーケースでライブを披露した。

2014年の最初の出展では、こうした国際音楽見本市での振る舞い方が何一つわからずに、イギリス在住のコーディネーターの方に頼り切りだった。THE SAKISHIMA meetingのショーケースを行い、沖縄の音楽について紹介するネットワーク・ミーティングを開いた。すべてが始めてのことで、気分的にも浮ついていて、何もかもがうまく運んでいるように感じられた。


大聖堂の近くにいたストリートミュージシャン。「WOMEX」の名物ツインステージ。旧市街に設けられた仮設の巨大会場の中には2つのステージがあって、交互にショーケースが行われる。

昼間はコンベンション施設のスタンドに詰めて、夜は旧市街でライブ会場を回る。観光をする時間などはない。だから、サンティアゴ・デ・コンポステラで何を見たという記憶はあまりない。夜は旧市街のレストランで食事をして、深夜まで続くショーケースを聴いて回った。会場を行き来する時に、大聖堂を横目に中世の雰囲気をそのまま残す夜の旧市街を歩き回るのは、非日常的でなかなか楽しかった。
演奏するバンドの音を聴いていると、現在のワールドミュージックのモードが伝わるような気がした。それは「WOMEX」が世界最大のワールドミュージックの見本市と言われる由縁なのだ。


エストニアのバンド、”Trad.Attack!”。彼らの演奏は2015年、北京の野外フェスで聴いて、一目惚れ。この時が2回目。2018年には沖縄でのライブも実現させた。WOMEXを通じて、その音楽をうまく広げられた好例。中国・内モンゴルの2人組”Tuegur”もショーケース出演のためにサンティアゴ入りしていた。彼らも沖縄でのライブをブッキングした。紹介したいアーティストは可能な限り受け入れる。

2度目のサンティアゴは、2016年。2015年は、ハンガリーのブダペストでの開催で、2016年は3年連続のスタンド出展となった。2年前に泊まった宿は、リノベーションはされていたものの、巡礼者向けの教会の宿泊所のような場所で、旧市街からも少し離れていた。今回はもう少し便利な場所にある宿にしようと考えていたのだが、予算の折り合いがつかず、同じ宿にした。部屋にはテレビもなく、真っ暗な夜の廊下は不気味な雰囲気もあるが、なんとなく落ち着けた。


ヨーロッパのディストリビューター”Xango Music”の担当者。キャップの彼はヨーロッパのプロモーター。ウラジオストクのV-ROXのIgor。今はキプロスに住んでいるそう。この場で何か決まることはほぼないが、名刺を交換してなんとなく雑談しておくことは大切。

この年からはコーディナーターなしで、出演交渉を含め、すべてを自分たちのハンドリングで行った。事前に会期中のアポイントを入れまくって、会える人にはすべて会った。日本からの出展者がほかにはないため、日本にツアーをしたいアーティストやリリースを考えている関係者なども数多く訪ねてくれた。こういうやりとりの中で、自分たちの音楽を売り出すことと同時に、外の音楽もどれだけ受け入れられるのか、ということが大事だと感じるようになった。コミュニケーションは一方通行では成立しないのだ。

ワールドミュージックのコミュニティは、意外に小さいというのが実感で、3度目の出展で、顔見知りも増えて、こうした場所での振る舞い方も、自然に身についてきた。


ハンガリー・ブダペストでのKachimba4と、サンティアゴ・デ・コンポステラでのマルチーズロック。

前年、ブダペストでの「WOMEX」では、Kachimba4がショーケースを行い、翌年にスペインのフェスに招かれた。同じ時に配ったマルチーズロック のCDを、ワルシャワのDJが気にいって、イベントのオーガナイザーの手に渡り、同じ年の2月には彼らのライブをワルシャワで行っていた。少しずつ成果も生まれるようになっていた。

ポーランド・ワルシャワの地下酒場で音楽の力を感じた夜~Music from Okinawa・野田隆司の世界音楽旅(7)
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-1114435.html

ワールドミュージックのブームを背景にした、喜納昌吉&チャンプルーズやりんけんバンド、ネーネーズの活躍から約25年。その間、世界の音楽シーンでの沖縄音楽のプレゼンスは、海外の音楽関係者の間では、記憶の彼方に行ってしまっていたと思う。「WOMEX」に出展したことで、少しは失われた時間を取り戻すことができたのではないかと思う。


2017年、ポーランド・カトヴィッツェにて。初の単独参加だったが、心細さを感じる暇もなかった。市内のピザハットに招集されて、韓国のリーさんが中心に組織されたGlobal Music Market Networkのメンバーに、加えてもらった。

2017年はポーランドのカトヴィッツェ、2018年はスペインのラス・パルマス(カナリア諸島)で開催された。この2年はスタンドは出さずに一人で出かけた。インターネットやソーシャルメディアでのやり取りで、お互いの動向はなんとなく把握はしている。しかし、やはりオフラインで会って話をする機会はとても大切だ。ワールドミュージックそのものが、ややニッチな分野でもあるので、それぞれが、直接会って話ができる場を求めているのだと思う。今年、ハンガリーでの「WOMEX」はリモート開催となった。来年2021年の開催地は、ポルトガルのポルトと発表された。果たして1年後、どんな状況になっているのだろうか。



【筆者プロフィール】



野田隆司(のだ・りゅうじ)

桜坂劇場プロデューサー、ライター。
1965年、長崎県・佐世保市生まれ。
「Sakurazaka ASYLUM」はじめ、毎年50本以上のライブイベントを企画。
2015年、音楽レーベル「Music from Okinawa」始動。
高良結香マネージャー。



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