人々を動かすネット上の書き込み
技術革新により、インターネットは情報を見るだけでなく、意見を自由に発信することが可能になりました。ニュースを見て、自分の考えや感想をすぐにSNSなどに投稿できるのです。
昔は一部メディアの専売特許だった「情報発信」が解禁され、多くの人の武器となっています。
2010年ごろから中東の国々で発生した「アラブの春」を覚えていますか。長年の独裁政権に抑圧された北アフリカ・中東の国々の人々が大規模な反政府デモを起こし、それによって政権が倒れたり、今も内戦や政情不安が続く国があったりと状況はさまざまです。
このデモで人々を駆り立てたのは、インターネット上の情報だと言われています。
抗議活動に関する情報がSNSで共有され、多くの人の感情を動かし、デモに参加する人が増え、長期独裁政権に影響を及ぼしました。
多くの人の意見がネットに集まることで、大きなパワーになり、歴史が変わったのです。
しかしながら、この巨大なエネルギーが時として人を傷つけることもあります。「正義」を理由に、個人を徹底的に叩いて追い込む「私的制裁」が、現在のネットの大きな問題点です。
誰でも情報発信ができる時代だからこそ、誰もが意識したいネットのマナーです。
炎上からの「私刑」 正義が攻撃に変わるとき
ネット上で悪目立ちし、批難が多く集まることを「炎上」と言います。(対照的に、肯定的な意見が集まることを「バズる」と言います)
炎上すると最初はネット上で批難されるだけですが、徐々にエスカレートし、個人情報の特定につながる例もあります。
特に、短い文章で今の気持ちを投稿できるTwitterは、その手軽さ故に幾度となく炎上の舞台となりました。
「コンビニの冷蔵庫に入り写真を撮影する」「子どもを虐待した動画を載せる」「あまりにも非常識な発言をする」など炎上のきっかけはさまざまです。
私刑の始まりはこうです。
炎上して人が集まると「こいつを懲らしめてやりたい」と思った人たちが、過去の投稿や写真をさかのぼってチェックし、分析し、住んでいる地域や個人名、所属の特定に乗り出します。
炎上する投稿をした人も、まさか「自分が炎上する」とは思ってもいませんでしたので、昔の投稿には、住んでいる地域の話や知人の名前、学校や仕事のことなど、個人を特定できる情報が残されたまま、多くあるのです。
記事「新クラス、思うようなメンバーでない」投稿 20代の女性教諭がツイッターに
個人の特定が完了すると、職場や学校、就職内定先に連絡をしたり、メッセージを送ったりして、「非常識なことをつぶやいていた」などと処分を求めるクレームを入れます。これで実際に退学になった人、就職内定が取り消しになった人もいます。
また、こうした炎上の履歴は、投稿した人が消しても、他の人が写真をとって拡散しているなど、インターネット上に消えずに残っているため、生きている限りずっと背負い続けることになります。
記事 消すのは難しい モバイルプリンスの知っとくto得トーク[7]
このように、警察署や裁判所を介さない私的な制裁を「私刑」と呼びます。
この私刑は、法律に基づくことなく、特定の人物や集団の主観、気分によって執行されます。誰かが炎上すると、私刑を加えるべく多くの人が集まります。
本来、人が人を裁くことはとても難しいことです。
現実の社会では、法律を1つ決めるにも論争が起きますし、裁判も三審制で公平な判断を下せるように、慎重な仕組みが取られています。
しかしながらネット社会では、「こいつが炎上するような悪いことをしたから」を大義名分に、みんなが好き勝手に正義をふりかざして、刑を執行し、その人をどんどんと追い込みます。
最終的には「過剰制裁」としか言えないほどの、重い罰を投稿者は受けることになります。
「ネット上の正義の戦士」ソーシャルジャスティスウォリアー
このように、正義感から私的制裁を加える人たちを「ソーシャルジャスティスウォリアー」と呼びます。
訳すと「ネット上の正義の戦士」となり、勇敢なヒーローのイメージですが、実際は前述したような私的制裁を加える自警団です。
正義に基づく行動は後ろめたさがない上に、「世の中を良くしている」と錯覚しやすいため、気持ち良さを味わうことができます。
この快楽が判断力を鈍わせ、どんどんと過剰になるのです。
私刑は、特に少年犯罪と同時に発生しやすいので注意が必要です。
少年・少女が絡んだ事件の場合、報道が加害者や被害者の名が匿名になり、実際の刑も軽い(と思うような)判決になることがあります。
この結果を不満に思った人たちが「法が裁かないのなら俺たちが裁く!」と言わんばかりに、個人情報を収集しネットで流布するのです。
これまで「炎上しないように、ネットでの言動は注意しましょう」と言う注意喚起は促されていました。
今後は「人を過剰に追い込まないように注意しましょう」もセットで意識したいものです。
最後に。こうした問題を考えるとき、必ずと言っていいほどドイツの哲学者ニーチェの言葉が引用されます。
怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。
問題を正そうと思い強い正義感で行動すると、その行動自体もまた問題になるということです。
「炎上」と「私刑」はネットをやっている以上、誰もが「被害者」「加害者」なりますので、書き込む前に一呼吸おいて考えましょう。
琉球新報が毎週日曜日に発行している小中学生新聞「りゅうPON!」7月23日付けでも同じテーマを子ども向けに書いています。
親子でりゅうPON!と琉球新報style、2つ合わせて、ネット・スマホとの付き合い方を考えるきっかけになればうれしいです。
【プロフィル】
モバイルプリンス / 島袋コウ 沖縄を中心に、ライター・講師・ラジオパーソナリティーとして活動中。特定メーカーにとらわれることなく、スマートフォンやデジタルガジェットを愛用する。親しみやすいキャラクターと分かりやすい説明で、幅広い世代へと情報を伝える。