「何かを変えたい!」と思って集まることは多いけれど、行動を起こしたり、本当に何かを変えたりするまでチームを継続し続けるのは難しいもの。「既にある未来の可能性を実現する」というミッションを掲げ、異なる職種、異なる地域、異なるセクターなど領域を超えた協力を生みだし、アイデアの創出、起業家・事業者支援や、未来潮流探索による企業の新規事業創出支援などを行っているNPO法人が「ミラツク」(京都市)だ。代表理事の西村勇哉さんにイノベーションを起こす組織作り、働き方を聞いた。
◇聞き手・玉城江梨子(琉球新報Style編集部)
「ミラツク」ってどんな組織?
前職では、日本生産性本部という公益財団法人に在籍し、職場のメンタルヘルスをよくする仕事をしていました。うつ病が増えているが、国際比較をしたときに他の資本主義国よりも日本はものすごく増えている。どう考えても人のせいじゃなくて社会構造のせいだと考え、研究していました。すると、1つ見えてきたのは、職場の中で個人的な話をすることが減少していたんです。「ちょっと悩んでいるんだよね」「今日はちょっとしんどいな」とか、ちょっとした話をすることが減っていた。データを取って統計解析にかけてみると、職場での個人的な会話が減っていることと職場のメンタルヘルスの状況はものすごく関係していた。仕事の生産性とか、成果を出すチームワークとか、上司が分かってくれないとかよりもはるかに関係していました。
結局、逃げ場のなさが問題なんだろうと思い、退路になる新しい関係性が生まれる場を作ろうと異業種交流会のようで全く違う人と人が出会い繋がる場を始めました。仕事のための交流ではなくて、個人的な関係を作るための場を作ることが「ミラツク」の最初の取り組みです。
コミュニケーションをデザインする
ところで、人が集まったらそれでいいのかと問われると、そうではないんです。人が集まっただけでは仲良くはならない。人が集まって関係性を作るためには、何らかの仕掛けが必要です。それは、コミュニケーションをデザインするという考え方になります。
コミュニケーションというと良い言葉に聞こえるが、一概にそうではない。ケンカもコミュニケーションだし、無視することもコミュニケーション。そうした中で、できれば悪いコミュニケーションではなくて、良いコミュニケーションを生み出したい。
例えば、MITのウィリアム・アイザックスという研究者が見つけた、コミュニケーションの質が高まる4ステップの構造というものがあります。これは、簡単にいうと、「自己紹介(情報の交換)→昨今のこのことどう思う?という意見交換(意見の交換)→この人合うかも!感覚も合うかも!(感覚の共有)→一緒にやれるかもしれない(意志の共有)」というように順を踏んでコミュニケーションの質が変わっていく。私たちが取り組む場では、常にこのステップを組み込んでいます。そして、このステップを組み込むとで何が起きるのか?起こらないなら何が足りないのか?。例えば、そういった検証をを繰り返してきました。
コミュニティーのつくりかた
そして2年が経ち、今度はどうやったら単発の場ではなくて、長く続く関係が生まれるんだろうと考え始めた。これはコミュニケーションデザインではなくて、コミュニティーのデザインをしないといけない。コミュニティーにはいくつかカギがあります。
一つ目はコミュニティーに入ることで、自分に何らかのメリットがあると思って入ってくる人だと、コミュニティーは生まれない。コミュニティーってメリット、デメリットの関係じゃない。普通だったら「このコミュニティーに入るとこんないいことがありますよ」ってたくさん言うんですね。でもそれをやればやるほどコミュニティーから遠ざかる。
二つ目は「ダンバー数」という文化人類学のロビン・ダンバー教授が提唱している数字です。人類は大体どのくらいの集団で互いの関係性を持って機能してきたのか?というと148人なんです。その人数であれば、何らかのツールを使わずにその人たちと関係性を作り続けられる。この数を超えると、顔は覚えているけど、誰だったっけ?どういう人だったっけ?ということになる。二つ目のポイントは148人を越えないようにすること。人数が増えれば増えるほど、コミュニティーは希薄になる。
三つ目は、コミュニティーの状態にチームの成果を求めないこと。人が集まるとみんなで一緒に何かをやることに目が向いてしまうけど、コミュニティーは成果を出すような集団ではなく、何かを共有する集団なんです。地域コミュニティーで一丸となって何かをやり始めるなんてないんです。いろんなチームがあるんです。お祭りチームがあったり、運動会チームがあったり。チームが乱立することがすごく大事で、同じ種類やテーマのチームがあってもかまわない。チームは生まれたりなくなったりしてかまわない。例えば、お祭りチームなら、2カ月前からチームができて、お祭りやって2週間くらいで終わる。そしてまたコミュニティーに戻る。次のチームが立ち上がる。チームとコミュニティーを分けてあげるのが大事。
やりたいけど、詳しい人がいないを超えるには?
では、次はいよいよチームの話です。偶然生まれるチームではなくて、狙って生むにはどうしたらいいか?
どうしたらコミュニティーから良いチームが生まれるのかと考えた時に、誰かが「これをやりたい」と言って、そのことについてその人自身がけっこう詳しい、という場合にどうも良いチームが生まれやすい。やりたい人はいるけど、詳しい人がいないと良いチームにならない。やりたいという人たちの中に意外と「詳しい人」がいない。これを越えるには、情報を情報で切り出すことだと考えています。実践の中の知恵やそのために必要な情報は人の中にある。すると、毎回誰かを呼んで来ないといけなかったり、その人たちに加わってもらわないといけないのだけど、そうした人は大抵忙しい。でも、情報はデータにしたりツールにしたりできるので、情報だけを切り出して、その情報を提供することで基盤をつくる。
コミュニティーは持っているものを共有する関係。でも持っているものだけでは(良いチームになるには)足りない場合がある。足りないものは実行のためのリソースより、未来の構想を考えるための情報だったり、テーマに対する情報だったりする。それを丁寧に作っていく作業を僕たちはしています。
時流に乗ることも作れるはず
この10年の取り組みで、関係性のつくりかた、継続的な関係性のつくりかた、チームの立ち上げ方が少しずつ分かってきました。そして、今度は時流に乗るプロジェクトを作れるのかが課題になります。
先日のフォーラム(Ryukyu Frogs LEAP DAY)でも、起業は運とタイミングと偶然の出会いだとおっしゃっていた。偶然の出会いは関係性から生み出せる。あとは運とタイミング。そして、運もタイミングもデザインできるんじゃないか。運とタイミングとは、世の中に求められ時流に乗ったことといえる。世の中の時流は、未来の話なので確実には分からないけど、分からないなりに潮流をつかむことはできる。もしくは、一定の領域の未来はそれなりの確度で予測できる。そうしたものを組み合わせることで、ある程度は時流に乗ることをデザインできる。これが今取り組んでいるテーマです。
今はとてもいい時代です。昔だったら、日本にない情報を取りに行くのは遣唐使だった。遣唐使になるために1年待たされ、なってからも1カ月かけて命がけで行く。4隻いって1隻しか帰って来れない。生還率25%の中、命がけで行ったら今度は情報は手写しで作らないといけない。つまり写経という作業が待っていて、3ヶ月かけて写し続けそれをようやく持って帰ってくる。最澄はそうやって1300年前に比叡山を開きました。今はそれが全部手元にあるんです、ものすごく楽。
でも情報はたくさんあるんだけど、情報が多すぎてよい編集がされていない。よい編集とは何か?というと、目的を持った編集です。未来のことを考えるために必要な情報が集約される、そしてテーマに応じた情報が集約される。そうした、何かを生み出すために編集された情報が必要だと考えています。そうした設定がないと、ただ情報を集めるということになっちゃう。いらない情報がたくさん入ったり、必要な情報が欠けてしまっていたりするので、結局使いにくい。未来を創るためには、その基盤となる情報の集約が必要です。
進化し続けるための働き方は出勤しないこと
もう一つ、世の中に対してより良い変化を生み出すためには、自分たち自身が変化し続けることが必要だと考えています。自分たち自身が進化するためには、進化できる体制を作ること。自分たちで自立して取り組むことができれば、何かを進めるときに説明する相手がいないので、どんどん新しいことをできるし、ちょっと説明しにくいこともやってみることができる。そんな体制を作ることがNPOにこそすごく重要です。誰かに説明しないといけない環境を持ちすぎると新しいことは起こしにくい。もし、「やってみていいよ」と言われても、いきなりそんなすごいものが出せるわけはなくて、どうしても最初は成果がでにくい。待ってもらえないような実行体制を作ってしまうとしんどい。どうやって自由度の高い状況を作っていけるのか。
例えば、ミラツクには「出勤しない」というルールがあります。、職員として加わってくれる人たちに最初に「うちは出勤しなくていいよ、ではなくて、出勤しないというのがルールなので本当にしないでください」と伝えます。「勤務場所と勤務時間は自分で決めてください」と言っている。今京都が拠点で、京都と東京にオフィスがあるのですが、京都在住の職員がゼロ人です。もともとは3人いたのが、京都から愛媛、横浜、東京と昨年だけで3人引っ越した。出勤しなくていい→勤務場所は自分で決める→住む場所も決めれる、という展開で生まれた状況なのですが、それでかまわないんです。自分たちが早く進化するためには、どんな体制を取るのがいいのかと言うと、自立した人がたくさんいる方がいい。結果起こったことには対応していけばいい。
出勤しないというのは、「どこで、いつから、何の仕事をやるか」という最小限のことを自分で決めることでもあるんですけど、それがだんだん、こういう人に会ってみようとか、あそこに行ってみようという前向きな行動に変わっていく。そうすると新しい情報が入ってきたり、新しい出会いにも恵まれたりする。個人としては当たり前のことを、組織全体でやろうということです。組織の働き方とか運用体制を変化を前提に作っていくことで、初めて世の中で持続的に変化を起こせるようになる。変化させないための組織の形ではなくて、変化を起こしやすい組織の形が必要だと思っています。そんなに難しいことではなく、出勤しないという一点だけでも、相当世の中は変わると思います。
西村 勇哉(にしむら・ゆうや)
NPO法人ミラツク 代表理事
1981年大阪府池田市生まれ。大阪大学大学院にて人間科学(Human Science)の修士を取得。人材開発ベンチャー企業、公益財団法人日本生産性本部を経て、2008年より開始したダイアログBARの活動を前身に、2011年にNPO法人ミラツクを設立。
Emerging Future we already have(既に在る未来を実現する)をテーマに、起業家、企業、NPO、行政、大学など異なる立場の人たちが加わる、全国横断型のセクターを超えたソーシャルイノベーションプラットフォームの構築と未来潮流に基づいた新規事業創出のためのプロジェクト運営に取り組む。
共著「クリエイティブ・コミュニティ・デザイン」(フィルムアート社)
国立研究開発法人理化学研究所未来戦略室 イノベーションデザイナー、慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科 非常勤講師、大阪大学大学院国際公共政策研究科 招聘教員、関西大学総合情報学部 特任准教授