「みんな違っていい」の誤解 100cmの視界から―あまはいくまはい―(29)

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私が小・中学校の9年間、養護施設(現特別支援学校)に通っていた時、毎年数回、普通学校との交流会がありました。自己紹介をして、ゲームをして、歌を歌って。障害者がいることを知ってもらう機会にはなりましたが、ある意味、見せ物にされた気持ちがしました。「お互いが対等に知り合って、仲良くなる」というよりも、障害を見てもらう時間だと感じたからです。

そして「『みんな違って、みんないい』なので、学校が違っていても大丈夫」と片付けられた気持ちがしました。

お膳立てされた交流会だけでは物足りなかったので、私は交流をしていたクラスに手紙を書きました。「もしよければ文通をしませんか?」と。すると10人くらいの友だちが手紙をくれ、手紙のやり取りだけでなく、電話をしたり、土日に会って遊んだりと、本当の友だちになることができました。

形だけの交流では違いだけが強調されてしまい、別々の場所で過ごすことに疑問は持たず、分けられたままです。さらに「障害があったら、専門的なサポートが必要で、特別支援学校がいいに決まっている」、分けることはいいこと、と思うようにもなります。本当は誰だって、分けられるのは嫌なのに。障害や個性に特化した専門的な教育が必要なら、初めから隔離するのではなく、みんなと一緒に過ごしながら、自分で特別な時間を選びたいのです。


養護学校の小学6年生の卒業式

障害があるか、ないか、だけでなく、人は一人一人違います。それぞれに合った教育を同じ場所で受けたいのです。分けることでお互いの存在を知らないままだと、障害って大変そう、自分とは違う、怖い、と差別につながります。また、あまりにも違いを強調されると、ありのままの自分を大切にできなくなり、障害がなくても、他人と自分のささいな違いが苦しくなってしまいます。

障害のある人とない人を分けるのは、共生の方法がわからないだけのこと、そして必要な予算が下りないからなのです。その方法を模索しながら、いま形にしていきましょう!



19人の命が奪われた相模原障害者施設殺傷事件から、2年がたちます。日常で障害者と接点がない人は、自分には関係のない、外国で起きたような出来事だと思っていませんか。障害のある人が、学校でも、職場でも、スーパーでも、カフェでも一緒に過ごしていたら、この事件は起きなかったはずです。

「みんな違ってみんないい」は同じ場所で過ごすからこそ生まれます。一時的な「交流」ではなく、共に生きていく「共生」を考えていきましょう!



(次回は8月7日に掲載します)


伊是名夏子

 いぜな・なつこ 1982年那覇市生まれ。コラムニスト。骨形成不全症のため車いすで生活しながら2人の子育てに奮闘中。現在は神奈川県在住。

 

(2018 年7月24日 琉球新報掲載)

 



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