「自分らしく」働くってどんなこと?オハコルテが始めた新しい一歩

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「自分らしい働き方」できていますか?就職した当初は「私にぴったりの会社!」と思っていても、経験を積んだり、ライフステージの変化によって「あれ?ちょっと違うかも」と違和感を感じることも。そんな中「働くことは生きること」と位置づけ、企業全体で「自分らしい働き方」を模索している会社があります。フルーツタルト店「オハコルテ」やカフェ、インテリアショップを展開するチューイチョーク株式会社。5月に那覇市内で開催された「チューイチョーク働き方研究所」のセミナーの様子をお届けします。「元IT系ベンチャー勤務」「元保育士」「企業代表との兼業」など多様な背景をもちチューイチョークで働く4人の女性が登壇し、「自分らしい働き方」について会場と一緒に考えました。



直感、紹介、好きなこと・・・転職理由はさまざま



(左から)仲間暁子さん、小野真弓さん、上村明菜さん、島倉藍さん

この日登壇した4人は皆、チューイチョークで働く仲間。仲間暁子さん(オハコルテ事業部長)は、沖縄出身で10年間営業職として会社勤めをした後、県内で起業。人材研修プログラムを開発する株式会社noteのCEOでもある。出産を機に子育て環境を重視して沖縄に移住した小野真弓さん(デザイナー)、東京のIT系ベンチャー企業から転職した上村明菜さん(広報担当)、元保育士で沖縄好きが高じて沖縄移住を決めた島倉藍さん(ホール部リーダ-)の4人。




仲間暁子さん

会社代表とオハコルテ事業部長という2足のわらじをはく仲間さんは、22歳から10年間は企業で営業職として働いた。毎日似たような日々が続き、モヤモヤを感じていた時、研修担当として出会ったチームビルディング研修に手応えを感じた。「これを沖縄でやったらおもしろいんじゃないか」と思い、3年前に沖縄でnoteを起業した。オハコルテの事業部長として声がかかり「最初の三年間は必要としてくれる人には全力で尽くそうとの思いだった。何も考えずにハイと答えた」という。

オハコルテ事業部長の顔も持つが故に「本業(note)に注ぐ時間が減るのでは」という不安もあったが、兼業をきっかけに自社社員と定期的なミーティングを設定するようになり自社の業務環境の改善にも生かせているという。異なる企業の役職を兼ねるメリットについて「80人規模のスタッフのとりまとめなど自社で経験できないことが経験できる。企業は違ってもどの会社組織にも共通する課題があるはず。noteは研修プログラムを開発する会社なので、オハコルテでの経験は研修づくりのヒントにつながっている」と語った。




小野真弓さん

東京でデザイナーとして働いていた小野さん。「この街で子育てはできない。そうだ、引っ越しだ」と思い沖縄移住を決めた。ご主人も一定の場所にとらわれない働き方に興味があったといい、すんなり進んだ。2018年5月にオハコルテのベーカリーでアルバイトとして働き始めた。最初は接客業務の空き時間に社内で頼まれたデザインなどをしていたが、案件が増えるにつれ、バイトの時間内で対応することが難しくなってきた。「接客中にアイデアが浮かんでしまったり」しても、すぐにデザイン作業には取りかかれない。デザインはクリエイティブな要素が多いことから「頭で考える時間が必要」とも痛感。会社に相談したところ、社内の同僚からも「デザインに集中できる時間を確保した方が良い」と声があがり、現在はデザイン専属としての働き方にシフトチェンジしている。




上村明菜さん

「前の会社では、毎日笑い声を出しながら働いていて、全然不満はなかった」と語るのは上村明菜さん。IT系ベンチャーで広告業を担当していたが、その会社が広告業から撤退することになり「やりたい業務がなくなった。自分の生活と離れた『堅い』職種に違和感も感じ始めていた」という。「休日や退勤後は仕事のことは考えなくて良い」というワークライフバランスのとれた会社環境だったため、休日は「自分のやりたいこと探し」のためにアンテナを張り始めた。「自分が何に興味を持つのか」を探るため様々なイベントや美術館に足を運んだ。デザインにも興味があったため、デザインの学校にも通った。そうやって社外での行動範囲を広げて中で出会ったひとりに、オハコルテでの仕事の話を聞き「自分の興味にぴったり」と感じ、移住&転職を決めた。




島倉藍さん

一日10時間・週4日勤務、という新しい働き方に挑戦しているのは、ホールリーダーとして現場を仕切る島倉藍さん。一般的な8時間・週5日勤務ではなく、10時間週4日勤務を選んだのは「休日が週3日あったら自分が次の新しいチャレンジやステージにあがれるんじゃないかと思った」のが理由。前職は保育士だった島倉さん。保育士の仕事も好きだという気持ちに変わりはないが、一度保育士としての経験を積んだからこそ「今しかできないこと、今やりたいこと」に挑戦してみたいという気持ちが湧き、大好きだった沖縄への移住&転職を決断した。「保育士として働いたことで、専門性のある資格を持っていることの強みを実感した。資格があれば後々また保育士として働くこともできる。だからこそ、今しかできないことをと思った」と話す。カフェという場を新生活の第一歩に選んだのは「昔カフェでバイトしていた時にものすごく楽しかったし、食べることが大好きだったから」と語った。





お金、子育てとの両立・・・不安にどう向き合う?



4人の話を聞いて後、会場では隣り合った人同士で感想をシェアし合いながら、質問を相談。登壇した4人のうち3人が県外からの移住者ということもあり、会場からは移住に際しての不安についての質問が相次いだ。



職場、住む環境と「変化」への怖さはなかったか?との質問に、デザイナーの小野さんは「お金の心配はあったけど、東京時代から(デザイナーとして)継続していた仕事もあった。何でもやれば生きていく分のお金はどうにかなると思った」と話す。元保育士の島倉さんは「就職先が決まればどうにかなる、あとは働くだけだ!と思い、あまり不安はなかった。でも唯一寂しいと感じたのが、移住して友達と離れることだった」と語った。

移住して「こんなはずではなかった」と意外に思ったことについて、上村さんは「那覇が思っていた以上に都会だった。東京では電車通勤だったが、今もモノレール通勤。沖縄っぽさは当初の予定よりは感じていない(笑)」と本音をのぞかせた。ただ沖縄移住・転職後に生じた自身の変化について「帰宅後や休日も仕事のことを考えるようになった。悪い意味ではなく。(前職とは違い)自分の生活に近いことを仕事にしているからだと思う。前の職場では同僚と趣味の話をすることはなかったけど、今は『これ、かわいいよね』ってすぐに共感し合えたり情報を教えてもらったりと、好きなモノが広がっているし、刺激をもらっている」と話した。

子育て中のママでもあるデザイナーの小野さんは、仕事と家庭の両立について「デザインの仕事は頭で考える時間が必要な部分も多く、子どもが体調を崩した時などは仕事にも影響が出たりする。正直、今、両立できています!と言い切れない部分もある。働くお母さんの永遠のテーマなのかなぁと思う」と胸の内を明かしました。

チューイチョークでは、デザイナーの小野さんと広報担当の上村さんには「時間でアイデアが生産される業務ではない」との考えから「専門裁量労働制」という仕組みを適用しているという。各自の判断で、8時間以上勤務しても良いし、4時間で帰っても良いという。チューイチョークではそのほか「社内起業」など会社にいながらにして夢をかなえる人への支援にも取り組んでいる。このあたりのお話は、6月21日(金)「チューイチョークで夢を叶える 町づくりの一員になってみた、ぼくらの夢の叶え方」と題したセミナーで紹介される予定。詳しくはコチラ→https://www.facebook.com/ChewiChoak/




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