新型コロナウイルス感染症の影響を受け、苦しい状況に立たされている音楽業界。その中でも、ライブハウスの受けている被害は甚大だ。ライブハウスは流行初期段階で政府の専門家会議から、「ウイルスのクラスターが発生する危険性の高い空間」と指摘を受け、早い段階から営業の自粛を求められてきた。
沖縄でも2月末からライブの中止や延期が相次ぎ、いくつかのライブハウスも閉店することが決まっている。そんな中、那覇市安里にあるイベントスペース「G-shelter」は、前を向いた大きな事業転換を決断した。現店舗での営業を6月で終了し、インターネット上に移転するという大胆な発表を行った。話を聞くと、その取り組みは苦境を強いられているライブハウス業界の新たな救いの光になる可能性があると感じ、急きょG-shelterの黒澤佳朗オーナーに取材を行った。彼らの取り組みや、問題に向き合い解決していく様子を、毎月の連載として紹介する。
◇聞き手 野添侑麻(琉球新報Style編集部)
実店舗を閉めることになったワケ
―自己紹介をお願いします。
黒澤佳朗です。那覇市安里でG-shelterというイベントスペースの運営をやっております。41歳です。
―日常生活が一変したここ数カ月のお話しを聞かせていただければと思っています。新型コロナウイルスの感染が全国で広がりをみせた3月から現時点まで、G-shelterにはどのような影響がありましたか?
2月26日に国から大規模イベントの自粛要請があったこともあり、大都市圏では大規模のイベントは無観客での配信ライブや、中止・延期のアナウンスを行っていたんですが、僕らは警戒しながらも通常通りの営業を行っていました。そこから沖縄も感染状況が広がって状況が大きく変わり、4月に入ってからはイベントのキャンセルが相次ぎ、スケジュールがどんどん無くなってきて、4月10日からは当分の間の休業を発表しました。その間に、いくつか配信ライブを行って手応えと実感を得ることができたので、ウイルスの脅威が落ち着くまでは、オンライン上での配信事業を中心に切り替えることを決めました。従って、現店舗での営業は6月いっぱいで終了となります。これがざっと、ここ数カ月で起こった話しです。
―最初に、4月10日に営業を取りやめようと思った経緯について、教えていただけますか?
きっかけとしては、4月4日に開催されたイベントにさかのぼります。3月に入ってから私たちもコロナに対する危機感はあったのですが、ガイドラインもない状態だったので、どう対応していいのかも分からず手探りの状態でした。なので、私たちは状況を見ながらイベントが開催できる間は営業を続けようというスタンスでした。
しかし、4月に入って沖縄でもかなりの感染者が出てきたこともあり、いよいよ人を集めるイベントをやれるかどうかの瀬戸際となってきました。そして、4日のイベントにつながります。早い段階でチケットも完売していた人気イベントだったんですが、感染が広がってきたこともあり、当日まで開催するか否か主催の方と一緒にかなり悩みました。主催者と我々の気持ちが一致し、開催することにしたのですが、いざ始めてみると2割ほどのお客さんしか来なかったんです。残りの方々は、感染状況を考慮してのキャンセルとなってしまったんです。その日以降、決まっていたイベントは全部中止になりましたね。人を集めて何かやることに対して、言い訳が経たない状態だったので仕方ないとは思いますが、「自粛」という言葉でまとめられ、法律的で禁止されているわけでもない。かといって、ガイドラインもない。突然、活動をやめなきゃいけないムードが急速に広がり、私たちもお客さんもどうしていいかわからないという感じでした。
経営プランを変更し、配信事業へ
―そんな経緯があった中で、なぜ現店舗の閉店し、配信事業に移ることを決めたのでしょうか?
実はG-shelterが移転すること自体は、かなり前から検討していました。那覇に移転してきた当初に比べて、取引先や制作するイベントの質がかなり変わっていて、より興行を行うのに適当な広さの物件を探していました。そんな時にコロナが発生して、プランが総崩れ(笑)。現店舗を営業しながら、次に向けた準備を年内で行う予定だったんですが、そのプランはリスクが大きいと判断しました。
情報を追っていくと、コロナが完全に収束するまでに2年ほどかかるという試算も出てきました。「第二波・第三波も来る可能性もある」という専門家の話を聞くにつれ、コロナ自体の危機感というよりは、「人を集めたイベント」を気兼ねなく開催できる環境になるまで、相当な時間がかかりそうということがはっきりしてきたので、しばらく集客中心のライブハウス事業は封印する経営判断を取りました。
でも、この判断は私にとってはコロナとはまた別に自然な流れでもありました。G-shelterは、沖縄の様々なカルチャーに根ざした運営をして来た特色が強いハコですが、ハコのもつ発信力が以前より落ち着いてきていると感じており、今の時代、いち地方の小バコのライブ空間として出来ることに物理的な限界を感じていました。
なので、私たちの発信の規模を、沖縄に限らず全国規模にしていくために、少しずつネット上にも事業を広げていこうって思っていたんですけど、日々の業務にエネルギーを注いでいると、すっかりそこに目が向かなくなっちゃっていました。そこで「お客さんを集めることができない」という状態になった今、やりたかったことやろうと思い切りました。本当にコロナが落ち着くまでは、配信事業の強化に充てようと思っています。それ以降は安全に暮らせる世界になっていると信じて、またライブハウス事業に帰ってきたいというのが今の気持ちですね。
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-391750.html
G-shelterは音楽ライブだけじゃなく、映画の上映会やトークイベントなど多くのカルチャーに関わることを発信してきた
―なるほど。配信は、元々やりたかったことなんですね!
うーん、ネット上で何か新事業をしたいと思っていただけで、「配信ライブ」をやりたかったかと言われたら、そうでもなかったです。やっぱりライブって、現場で味わってナンボのコンテンツだと信じていますから、当初配信ライブに関しては懐疑的でした。「新しい生活様式」なるものが出てきて、「これからのライブは配信に切り替えるぞ!」という世間の流れになってきたとき、私としてはいきなりそんなに変われるか!という気持ちが大きかったんですが、今は率先してやっていますからね(笑)。
元々、身近に配信ライブ事業で成功している人たちがいて、そのモデルケースを知っていたんで、始めてみるとすんなりと取り組めた。そこは自分の強みとしてあったのかなと思っています。また数年前までアーティスト活動をやっていたこともあり、出演者側の視点にも立てるので、そこも配信コンテンツをより良いものにするためのイメージがしやすかった。うっかり本気でバンドやっていてよかったと思います(笑)。
配信事業に手応え
―5月から、本格的に「配信事業」に取り組んでいるG-shelter。実際に試してみての感想をお聞かせください。
かなりの手応えを覚えています。ネット上でもライブ感のある取り組みは可能だというのが、一番の実感ですね。ライブ感を生み出すためには、お客さんの盛り上がりは必須。その流れをバーチャル空間でも生み出すことができるのか不安だったんですが、コメント機能やSNSと連動をすることで、しっかりとした反応が生まれています。フロアの最前列で湧いていた人たちが、ネットの反応でテキストとして可視化されてるのは面白い状況ですね。そして、配信イベントへの参加者も実際にイベントをやっていた時よりも増えています。G-shelterは80名というキャパシティがあるんですが、ネット上はキャパの問題は関係ないので、本来よりも多くの人に見てもらえる可能性がある。ここはかなり希望の光だと思っています。今は実際のキャパ数以上の人に見てもらえています。視聴者数に関しては、今後もっとテコ入れしなきゃいけないけど、心配していた「盛り上がり」に関してはまず手応えを得られました。
収益面についても、目処が立ってきました。例えば、配信事業と聞くと、YouTuberなどをイメージすると思うんですが、彼らのような収益モデルを築くのは、後発者である我々はかなりのハードルの高さがある。でも、いくつかの仕組みを組み合わせることで、ある程度の収益を上げる方法はあるんじゃないかと試行錯誤しているところです。
今試しているのは、G-shelterのネットショップ上で配信と結びつけて販売するやり方を試しています。配信をスタートした第一回目の企画から試していて、当初からしっかり収益を生み出していて、企画によっては、物理イベントの収益を超えるものも出て来ました。
上記の点から、G-shelter主催の配信イベントは、「有料の視聴チケット」の導入は控えめにして、無料で誰でも見ることができるように間口を広げて、ショップサイトで売り上げを立てる方法を主流にしようと思っています。これが正解かはまだ分かりませんが、他にも方法はたくさんあるので、今はトライアンドエラーを続けていこうと思っています。配信事業はライブとはまた違う著作権の問題も出てくるのでそこも勉強しているところです。配信って、今まではプラットフォーム上のルールもグレーなまま進んできた面があるんですけど、こうして事業化の流れが一気に出来上がってくると、ある程度ルール整備も進んでくると思います。この間まで大丈夫だったことが急にNGになることもあるので、そこにも対応しながら進めていかないといけないですね。
https://gshelter.thebase.in/
G-shelterのネットショップサイト。配信イベント開催中は、このページでチケット類を販売している。
―現店舗での営業は、6月末までとのこと。次の拠点はもう決まっているんですか?そこも含めて、今後のプランもお聞かせいただけないでしょうか。
それが、実はまだ決まってないんですよ。配信事業は元々夏以降、本格的にスタートする予定だったので、物件選びについても様子見ながらでもいいのかなと思っています。今後の動向に関して、アナウンスができていないのはそういうことで、本当に何も決まっていないから(笑)。
今後新型コロナがどうなっていくのか誰もわからないので、収束の仕方や世の中の動きを見ながらじゃないと、しっかりとしたプランは決められないのが正直なところです。でも、配信に事業転換するけど、ライブハウス事業を辞めたいとは思っていません。そのために配信事業をしっかり形にして、イベントスペースを再開したときに活かせるようにしたい。今の長期的なビジョンとしては、ライブハウスと配信の両立ができていることですね。(6/26現在、新拠点の物件が決まり、徐々に公開され始めている。)
G-shelter×インターネット の組み合わせに期待!
―なるほど。ライブハウスと配信スペースが行えるハイブリッドな空間を目指すと。
そうですね。開催するイベントに関しても、しばらくは小規模なものが中心になると思います。ウイルスの脅威が落ち着くまでは、数百人を集める中規模のイベントの開催は、なかなか難しい。その規模になると2カ月~半年前から仕込まなきゃいけないので、その間に第2波・3波が来る可能性もあるじゃないですか。なので、配信ライブをしながらフロアにも十数人のお客さんを制限をかけて入れる形にして、細かく調整できる小規模なイベントにしていく予定です。でも、一番力を注ぐ場所は配信事業。G-shelterのファンをネット上に増やして応援してもらえる体制を作ることを頑張ってみようと思っています。少人数ですが、フロアにもお客さんを入れて楽しそうに騒ぎつつも、私たちが表現したいことをネットの向こう側に届けることを両立できたら、これは悪くない取り組みなんじゃないかなと思っています。
―フロアにも十数人だけ入れるということであれば、ソーシャルディスタンスもクリアするのかなと思いました。
それに関しては社会情勢に合わせる感じになると思います。私が5月ごろに冗談で「ソーシャルディスタンスをクリアするために、パネルで仕切った入れ物の中にお客さんを入れてライブを見てもらう」ネタのイラストをtwitterに投稿したのですが、似たようなことは既に進んでいるんですよね。ステージにアクリルパネルを貼り付けるとか、車内から楽しめる野外フェスとか、もはやギャグみたいな感じになっていて。
こんな感じで、非現実的な方法を提案され続けているライブハウスですが、皆さんには何のために今まで人がすし詰め状態のライブハウスに集まって楽しんでいたのかを忘れないで、考えてもらえたらなと思っています。ライブの本質って「感情の爆発」が醍醐味であり、押し合いへしあいの中じゃなきゃ得られないものがあったはずだから、今までこの文化が続いてきたと思うんです。「新しい生活様式」と言われているものって、その場しのぎのための限定的なものと言われれば納得するんですが、ずっとこれが続いていくとは全く思ってないですね。今まで人類が感染症と闘ってきた歴史の中で、いつかはワクチンなどができて適応する社会になると思うので。
―最後に、新しく生まれ変わるG-shelterのテーマをお聞きしてもよろしいですか?
お客さんやアーティストに対して「配信ライブ、面白いぜ!」っていうのをどう伝えていくかが最大のテーマになってきますね。どうしたって配信に合う・合わないっていうジャンルの話は出てくるし、配信ライブは、同じ「ライブ」という性質を持っていても、今までとは全く別物だと思っています。なので、配信に合わせたコンテンツを自分たちで生み出していくしかないと思っています。今まで僕たちがやってきた全てを、同様に表現できるとは思っていません。中には、切り離さなきゃいけないコンテンツが出てきちゃうのは、苦しいところなんですが…。でも、今後のG-shelterはもっと面白くなる自信があります。インターネットを使って何かやるってことでいうと、うちはかなり尖がったことをやれると思うので、是非追っかけてほしいと思っています。
G-shelter info
【G-shelter HP】https://g-shelter.tumblr.com/
【G-shelter Twitter】https://twitter.com/Gshelter
2020年4月、G-shelterにて開催予定だった
県内バンド4組によるライブイベントが、コロナ影響により休止を余儀なくされました。
自分たちの活動の機会が奪われていく中、表現を何とか形に残そうと
出演予定のバンドで無観客のライブ録音を行い、そのCD音源をリリースします。
困難な状況に抗い、音楽を奏でる喜びを詰め込んだ1枚です。
G-shelterネットショップにて発売中。
https://gshelter.thebase.in/
聞き手・野添侑麻(のぞえ・ゆうま)
2019年琉球新報社入社。音楽とJリーグと別府温泉を愛する。18歳から県外でロックフェス企画制作を始め、今は沖縄にて音楽と関わる日々。大好きなカルチャーを作る人たちを発信できるきっかけになれるよう日々模索中。