普段使いできる伝統工芸目指して
無縁仏をあの世に送り、豊作を願う伝統行事「ヌーバレー」の文化が残る南城市知念知名。海に近いこの場所に工房を構える円寿(えんじゅ)は、沖縄の伝統工芸品である金細工(クガニジェーク)の制作・販売を行っている。オーナーの與那覇沙寿香(よなは・さずか)さんは、琉球王朝時代の婚礼指輪「房指輪(ふさゆびわ)」を中心に、沖縄の文化や自然をモチーフにした装身具やジュエリーの制作に携わる。
南城市出身の與那覇さんが金細工と出合ったのは岡山の大学に通っていた頃、授業を通じて沖縄のことを調べている中で房指輪の存在を知ったのだという。
「『沖縄にこんな良いものがあったなんて!』と思いました」卒業後は東京の出版社などに就職。「いずれは沖縄のものづくりに携わるような仕事がしたい」という思いから27歳で沖縄に戻り、金細工作家の又吉健次郎さんや県の工芸振興センターなどで金細工を学んだ。
円寿を立ち上げたのは2017年。名前の由来は、婚礼指輪である房指輪のおめでたいイメージと與那覇さん自身の名前にも使われている「寿」の字の共通点から「幸せな縁でつながるように」という願いを込めた。
伝統とモダンの調和
琉球王朝時代の貴族の間で婚礼指輪として用いられていた房指輪。チョウや魚、ザクロなどの縁起物がかたどられており、7つのモチーフ一つ一つに意味がある。
房指輪の多くは沖縄戦で消失してしまっており、現存する房指輪のほとんどが戦後発見された持ち主不明のものだという。その中でも與那覇さんが房指輪を作る上で参考にしているのが、那覇市歴史博物館に収蔵されている〓宮城(ぐしみやぎ・〓は「双」の下に「牛」)家の房指輪だ。
「王朝時代から続いていた名家である〓宮城家さんの子孫の方が寄贈したものです。当時の方たちが実際に持っていた房指輪って、文献的にも非常に珍しいんですよ」と與那覇さん。
平打ちのリングに三つ巴(みつどもえ)などの模様が打ち込まれているのが特徴的な〓宮城家の房指輪。円寿の房指輪も〓宮城家のデザインを参考にしつつ、全体のサイズを小さくするなど、伝統とモダンの調和を意識している。
「せっかく沖縄に根付いているのだから『特別なときに着けるもの』って言われると悔しんです。普段使いもしてほしい」
房指輪に付いている7つのモチーフを一つなぎにした「果報(カフー)ピアス」や、モチーフの付け替え可能な「吉祥ピアス」などのオリジナル商品の制作にも意欲的に取り組んでいる。
歴史の担い手として
與那覇さんの生まれ育った知念知名では旧盆の翌日、豊作を願い、無縁仏をあの世へ送り返す「ヌーバレー」という伝統行事が行われる。與那覇さんも子どもの頃から踊りなどに参加していたそうで「私の中のアイデンティティーの一つです」と笑みをこぼす。
今でも南城市の町や知名崎海岸を散歩しているという與那覇さん。身近にある月桃やユウナの花をモチーフにした装飾品や琉球舞踊で用いられる花笠など、円寿のジュエリーには沖縄の伝統だけでなく、与那覇さんの原風景も詰まっている。
「私自身はつないでいく一人というか。有名にもなりたいし、房指輪も有名になってほしいですけど、私を経由してこの先沖縄にこういったものがあったっていうことが残ってくれたらいいな、って思います」と、與那覇さんは話してくれた。
今後の目標は「新しい工房を兼ねたショップの開店」だと意気込む。
沖縄の伝統・文化を次世代につなぐ金細工・円寿。今日も與那覇さんの手によって、新しい軌跡が刻まれていく。
(元澤一樹)
円寿
TEL 090-6899-6566
「しびらんか やちむんと雑貨」(南城市)「CORALIA ロワジールホテル那覇店」(那覇市)で一部商品を委託販売中。
房指輪は完全受注生産のため、注文・問い合わせは電話もしくはインスタグラムのDMから
(2023年8月24日付 週刊レキオ掲載)