韓国の学生街に世界中から音楽関係者が集うワケ サブスク時代のヒットの卵たち ~Music from Okinawa・野田隆司の世界音楽旅(1)~


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沖縄県内のミュージックシーンに精通し、桜坂劇場プロデューサーのほか沖縄の音楽を世界にPRする「Music from Okinawa」のプロデューサーも務める野田隆司による月1コラム。アジアを中心に世界各地の音楽祭などを通して沖縄音楽を海外に発信し沖縄発のアジアの音楽ネットワークを構築する活動をしている野田が、沖縄音楽に対する世界各地の反応や沖縄を訪れた海外ミュージシャンの沖縄への思いなど、沖縄音楽の可能性などを紹介します。各地で食べたおいしい街角グルメ情報も時折登場します。

深夜0時を回った、韓国・ソウルのホンデと呼ばれるエリア。道路を塞ぐように、多くの韓国人、外国人がビールの缶を手に、それぞれの国のことや、音楽のことについて言葉を交わしている。時に笑いが起き、歌いだすものもいる。”Zandari Festa(ザンダリ・フェスタ)”では、すっかり見慣れた光景だ。

Zandari Festaが開催されるホンデは、いわゆる学生街。とはいえ落ち着いた雰囲気はなく、通りはまるで原宿や下北沢のように賑やか。通りの一角ではストリートライブを行うミュージシャンも多い。

毎年秋口に、韓国・ソウルで開催される”Zandari Festa(ザンダリ・フェスタ)”に参加するようになったのは、2015年のこと。前の年、”Music from Okinawa”というプロジェクトを新たに始めたことがきっかけだった。このプロジェクトの目的は、沖縄音楽の海外発信と、沖縄発でのアジアの音楽ネットワークの構築だ。隣国で行われるこのフェスティバルは、自分たちの目的にもぴったりだと考えて、知り合いの音楽関係者を頼って出かけたのが始まりだった。

タイのシンガーソングライター、PYRA(パイラ)。クラブミュージックに、タイの伝統音楽モーラムがミックスした音楽を、ちょっと想像を超えたパフォーマンスで披露する。世界的なフェスティバルにも数多く出演している。個人的には今回のZandari Festaで最も印象的だったアーティストのひとり。

韓流ブームの源泉

韓国は、エンターテインメント産業の海外発信に力を入れていることで有名だ。国内の市場規模が小さかったため、早くから海外マーケットを視野に施策が練られてきた。K-POPと同様にインディーズの音楽にもスポットが当てられていて、エレクトロバンドIDIOTAPE(イディオテープ)や韓国の伝統音楽である国楽をミックスしたバンドJAMBINAI(ジャンビナイ)、シンセロックバンドのADOY(アドイ)など、アジアや欧米をツアーできるまでに成長したバンドも増えている。

大人気のIDIOTAPE(イディオテープ)、500人くらい入りそうな会場は満杯。シンセサイザー2台とドラムが強烈なビートを刻む。欧米のEDM系のフェスティバルにも引っ張りだこ。

“Zandari Festa”は、ショーケース・フェスティバルと呼ばれる。音楽がライブという形で陳列されるような、文字通りのショーケース。ソウル市内の学生街ホンデにある約10か所のライブハウスを舞台に、週末の3日間行われる。韓国国内、世界各地から招かれた100人以上の音楽関係者が、一般の音楽ファンと共に新たな才能を求めて各会場をはしごする。

ホテル〜ライブ会場〜バーを、終日繰り返し行き来するショーケース・フェスティバル。合間に取る食事は、楽しみかつとても重要。スタッフにオススメの店を尋ねることも多い。スンドゥプチゲ、荏胡麻を盛大にかけた参鶏湯、石焼きのサムギョプサル、遅くまでやっている屋台メシ、どれも美味しい。

出演バンドはオープンで選ばれた約100組。特にジャンルもキャリアも問われないので、誰にでも参加資格がある。世界中から応募があので、近年は大変な競争率だと聞く。今年、沖縄からの応募は6組あったそうだ。

沖縄勢の躍動

最初に出かけた2015年には、沖縄からTHE SAKISHIMA meeting(新良幸人×下地イサム)が出演した。それ以降もjujumo(ジュジュモ)、Funnynoise(ファニーノイズ)といった海外志向のバンドが出演。昨年と今年は2年続けてHARAHELLS(ハラヘルズ)が出演を果たした。

HARAHELLS。新体制になって初の海外ライブ。韓国には彼女たちのファンクラブがあるほどで、ステージ衣装の着物も”KAWAII”と評判。言葉の通じない海外では、単に音楽を演奏するだけでなく、見せ方も重要。拙いながらも英語・韓国語で、伝えようとする姿勢は、自然と共感を呼ぶ。
ホテル屋上でのモーニング・ライブ。ハンガリーのバンド”Bohemian Betyars”がアコースティック編成で演奏。

HARAHELLS(ハラヘルズ)は、最終日の夜に、Prism Hall(プリズムホール)という比較的大きな会場でライブを行った。キャパシティはスタンディングで200人ほど。会場の大きさは主催者の期待の表れとも見て取れる。45分ほどのショーケースには、昨年にも増して多くの観客が集まった。
アメリカのSXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)や中国のMIDI Festival(ミディ・フェスティバル)といった、名だたる大型のフェスティバルのディレクターもライブを全編を見ていた。こちらからの働きかけだけでなく、関係者の間での口コミ、評判の威力が大きい。信用の置けるキュレーター的な存在の人の目にかなうと、その評判は一気に拡散していく。

アジアからは多くのインディー・バンドが海外を目指している。マーケットの主流がCDからサブスクリプションに移行する中、音楽マーケットそのものを国内・海外と分ける意味はもはやない。何かをきっかけに、一度火がつけば、海外で多くのオーディエンスを獲得することも夢ではない。HARAHELLSは、今そうした場所に近づきつつある。沖縄から一つ成功例が生まれると、後に続くアーティストに、新たな道も拓きやすくなると思うのだ。

ホテル屋上でコーヒーと

フェスのプログラムは朝から深夜まで途切れることがない。朝食の後、ホテルの屋上の仮設ステージでもライブが行われる。晴れ渡った秋空のもとコーヒーを片手に新しい音楽と出会うのは悪くない。その後のカンファレンスでは、Spotifyなどのサブスクリプション・サービスの現状や、海外各地でのライブツアーのやり方、フェスティバルのことなどをテーマに、いくつものセッションが行われる。

フェスティバルのディレクターやエージェントなどが参加したカンファレンス。このセッションのテーマは、”ショーケース・フェスティバルの持続可能な役割”について。Zandari Festaを、それぞれが今後にどのようにつなげていくのか、ということが紹介された。

”Zandari Festa”に関係者として招かれると、早い時には1ヶ月ほど前から、バンド売り込みのメールが届く。関係者のアドレスは出演バンドにも共有されているのだ。「ライブを見に来てほしい」、「会って話がしたい」等々、どのバンドもとても積極的だ。

ブレイク目前の韓国のインディーロックバンドLAYBRICKS(レイブリックス)。すでに5年の付き合いで、沖縄でも3回ライブをやってもらった。最初の出会いはロシアのフェスティバルの空港からホテルまでの移動の車中。以来、モンゴル・ウランバートル、タイ・バンコクと、いろいろな場所で会ってきた。海外でのライブ経験も豊富な彼ら、そのたびに互いのアイデアを交換する。今回はスンドゥプチゲの店に連れて行ってもらった。

萌芽

“Zandari Festa”のキャッチフレーズは、”Listen Music, Drink Beer, Make Friends”。音楽を聴いて、ビールを飲み、友達を作ろう。私自身も、一番の目的はショーケースで良いバンドを探すことだが、各国の音楽関係者と新たな繋がりを持って、情報交換をすることも重要なこと。
夜になると、イベントの趣旨に沿って、ほどほどに酔ったメンバーが集まって様々な音楽の話に花が咲く。新しい人を紹介してもらえたり、アイデアや情報をシェアしたり、ヒントをもらえることも多い。これまでも音楽ムーブメントの萌芽は、こうした想いがあふれる場面から生まれることが多かった。国籍もバックグラウンドも異なる多様な人間の、バーチャルではない直接的なやりとりが、音楽シーンの新たな可能性を拓いていくのだと思う。

5年前はこういう場所に行っても見知った人は皆無だったのだが、いつの間にか、知り合いは増えた。ミュージシャン、音楽関係者、観客、etc。多くの人たちを巻き込んで、路上の宴はエンドレスに続く。

【筆者プロフィール】
野田隆司(のだ・りゅうじ)

桜坂劇場プロデューサー、ライター。
1965年、長崎県・佐世保市生まれ。
「Sakurazaka ASYLUM」はじめ、毎年50本以上のライブイベントを企画。
2015年、音楽レーベル「Music from Okinawa」始動。高良結香マネージャー。