2019年11月10日、台湾南部の台南市で、シンガーソングライター折坂悠太さんのライブを聴いた。3日間続いたショーケース・フェスティバル「LUCfest(ラック・フェスト)」の最終日。メインステージとも言える台南アートミュージアムには、多くの観客が集まった。
折坂悠太さんは今年、アルバム「平成」で、第11回CDショップ大賞2019を受賞した。日本国内での評価は非常に高い。しかし、全編日本語歌詞にギターの弾き語りというスタイルに、初めての台南でどれだけの観客が集まるのか心配していたが、ライブが始まるとそれは全くの杞憂であると気付かされた。観客はじっくりとその歌に耳を傾けて、曲が終わるごとに、大きな拍手と歓声が上がった。観客の反応も非常に熱いものがあった。
きっかけは沖縄
彼の「LUCfest」への出演のきっかけになったのは今年2月、沖縄での「Trans Asia Music Meeting(TAMM)」。TAMMは、沖縄の音楽の海外発信と、沖縄発でアジアとの音楽ネットワークを構築することを目的に2016年に始めた国際音楽カンファレンス。同時開催しているフェス「Sakurazaka ASYLUM(サクラザカ・アサイラム)」が、ショーケースの役割を果たしている。
「LUCfest」のディレクターのWeining Hungさんは、沖縄で折坂さんの音楽を聴き「アジアで必ず大きな支持を得られる」と話し出演を打診した。
彼女が「LUCfest」最初の年にタイから招いたPhum Viphurit(プム・ヴィプリット)さんは、その後、彼女が海外での窓口を務めたことがきっかけで、世界的なブレイクを果たした。彼はインディーズでありながら、アジアはもちろんアメリカやヨーロッパをワンマンツアーで回る。今、アジアでそうしたバンド、アーティストは増えていて、折坂さんにも同じような流れを期待してしまう。果たして、今後どのような展開になるのだろう。
私は「LUCfest」は3度目の参加。台南は台北と比べると、小さな街なのだが、文化的に豊かな印象が強い。モダンなミュージアムや古い建物をリノベーションした会場、アートスペース、古い映画館、アフターパーティー会場となる廟など、徒歩圏内に数多くの居心地の良い場所が点在している。そうしたロケーションをうまく利用して、スケジュールが組まれ、導線を計算しながらイベント全体が設計されている印象だ。
公式サイトには、徒歩で回れる市内の観光スポットや、地元の人が利用する安くて美味しい食堂の情報が満載で、携帯の地図を眺めながら、担仔麺や涼麺の店を物色する。
フェスティバルの会場を巡りながら、同時に台南の街歩きが楽しめる。観光客向けではなく、地元に暮らす人の視点で紹介されていることが、非常に興味深くとてもありがたい。
この秋は、台南以外にも、シンガポール、ソウル、バンコクと、立て続けにショーケース・フェスティバルに参加した。ショーケース・フェスティバルは、簡単に言うと、新進の勢いのあるバンドの見本市で、大きなものになると100組近いバンドが出演する。ライブはいくつもの会場(LUCfestの場合は8カ所)で同時多発的に行われるので、事前にラインナップをチェックし、自分なりのスケジュールを組み立てて各会場を歩き回る。
売り込みに積極的なアジア勢
リストバンドをつけて回るサーキット(回遊)型の音楽フェスティバルに近いのだが、最も特徴的なことは、海外からの音楽関係者が多く参加すること。さらに、ネットワーク会議や様々なテーマを掲げてのパネル・ディスカッション、自身の活動を伝えるピッチングなどが、プログラムに組み込まれる。音楽関係者とアーティストのマッチングの場があることも多い。海外からの音楽関係者は誰もが本気で、新しいバンドを探して歩き回っていて、情報交換に余念がない。
CDからダウンロード、ストリーミングと、音楽を伝える媒体の変化とともに、国内のマーケットだけに焦点を当てる意味はなくなっている。アジアのアーティストは早い段階から海外のマーケットを意識した活動を行っており、とても積極的だ。イベントが近づくと、ショーケースの宣伝のメールが何十通と届くし、現場でフライヤーを手渡されて熱烈な売り込みを受けることも多い。
ショーケース・フェスティバル自体は、決して新しいものではないし、以前からあるものだ。その代表にはアメリカ・オースティンの「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)」やイギリスの「リバプール・サウンドシティ」などがあげられる。今、アジア各都市でショーケース・フェスティバルが増えつつあるのは、活動の場を海外に求める際に利用価値が高く、新しい音楽を紹介し発掘するプラットフォームとして優れているからだろう。
そこでは、音楽関係者同士の間で話題に上がったバンドは、口コミで一瞬のうちに世界中に広がっていく。ウェブ上の情報や評判以上に、生のライブを見ることや直接のコミュニケーションは欠かせないことだ。
ショーケース・フェスティバルで、日本のバンドを見ることはまだ稀だが、タイのPhum Viphurit(プム・ヴィプリット)さんなどのように、成功例が目に見えて増えてくると、そのニーズはさらに大きくなっていくと思う。
しかし、課題が多いことも事実である。ショーケースには、インキュベーション的な要素が強く、有名なアーティストが多く出演するわけではないため、チケットのセールスには苦戦を強いられる。どこもスポンサーやパートナーを探し、行政からのサポートを得るなど、様々な工夫を凝らし開催している。それを下支えているのは、底なしの音楽愛だ。
「ここで“発見”されたアーティストが成功を収めて利益を得る会社や人が、そうしたベネフィットを、ある種の成功報酬としてシェアできる仕組みができれば、ショーケース・フェスティバルは、プラットフォームとしての価値をさらに高めていける可能性がある」
バンコクのカンファレンスの合間や、台南でのミーティングで、そういう話もしたのだが、やすやすと結論が出るわけでもなく、まずはここに集まったメンバーが、協力しながら、議論を続けていくということなのだと思う。
2月、沖縄での「Trans Asia Music Meeting」にも約30人のアジア各都市の音楽関係者がやってくる。ソウル、バンコク、台南と断続的に続くやりとりを受けて何らかの方向性を見い出せればと考えている。
LUCfest(英語)
http://www.lucfest.com/
【筆者プロフィール】
野田隆司(のだ・りゅうじ)
桜坂劇場プロデューサー、ライター。
1965年、長崎県・佐世保市生まれ。
「Sakurazaka ASYLUM」はじめ、毎年50本以上のライブイベントを企画。
2015年、音楽レーベル「Music from Okinawa」始動。高良結香マネージャー。