祝・結成30周年! 後輩が憧れるコンビ仲!脚本も手掛ける<ゆうりきや〜・城間祐司さん> ◇ 沖縄芸人ナビFILE.21


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沖縄県民に愛される、ゆうりきや〜の「城間祐司」さん登場です!30年前のデビュー当時から現在も、常に第一線を走り続けている祐司さん。じっくり話ができるこの機会に、ナビゲーター役の「初恋クロマニヨン・松田正(まつだ・しょう)」さんはどんな事を聞いたのでしょうか!?

(執筆:フリーライター・饒波貴子)

「沖縄芸人ナビ」は「週刊レキオ」(毎週木曜発行)と連動中。毎月第1週のレキオにインタビューの裏話など関連記事を掲載しています。レキオもあわせてお楽しみください。

城間祐司さん(エンターサポート所属(左)/ http://www.yurikiya.com )とナビ芸人の松田正さん(よしもとエンタテインメント沖縄所属 / http://yoshimoto-entertainment-okinawa.jp/ )。大先輩との対談に、緊張しながらも気になる質問をぶつけていた松田ナビでした。

サラリーマンをしながら『お笑いポーポー』

松田ナビ:「読谷で飲みたい」と言って僕の地元に来てもらった時は、とてもうれしかったです!

祐司:後輩と飲みたくて、時々地元を訪ねています。那覇で飲もうってなっても家が遠いメンバーがいるんだよね。運転代行頼んでお金を使わせてしまうのは悪いな〜という思いやりよりも、いろんなところに行くのが純粋に楽しい。行きつけの店で珍しい物を出してもらったらうれしいし。でも、そういう事をやっている自分に酔っているのかも(笑)!? 逆に気を遣わせているのかなって考えたりもしますけど。

松田ナビ:めっちゃうれしかったです! 奥さまのやよいさんに会った時、「読谷に行く前はお茶碗洗いをがんばってから出掛けたよ」って教えてくれました(笑)。沖縄の芸人さんの多くは、子どもの頃から「ゆうりきや〜」さんを見ていると思います。『お笑いポーポー』は僕が小学生のころでしたが、親が録画していたので見ていたんですよ。名だたるメンバーが出演していた中、「ゆうりきや〜さんは感覚が鋭い2人」という印象が幼心にありました。当時はどのような気持ちでお笑いをやっていたんですか?

県民にはおなじみ! ゆうりきや〜のオジーとオバー

祐司:相方の山田力也は小中高が一緒。浪人時代はみんなで集まる時に会う程度だったんだけど、なぜか一緒に大学受験に行くことになって車で迎えに来てくれた。赤信号で停車した時、「力也、大学行きたいか? 俺受験票忘れたやっさ〜」と伝えたら・・・青信号になった瞬間2人で遊びに行ったんだよね。結局大学は受けずに一緒に専門学校に行こう!ってなり、学校行事でお笑いをやりました。当時は沖国大の学生だったニーニーズさんが大人気で、見た時に「すごい! こんなことやりたい」って思ったんだよね。人前で何かをやった経験はなかったけれど、お笑いが好きだったし力也も乗り気で、自由にしゃべって自分のオバーの話とかをしていたよ。コントをやるようになり力也をオバー役にした。

松田ナビ:学生の時からやっていたんですね。お笑い事務所はないころですよね?

祐司:なかった。ニーニーズは仕事をしながらお笑いやっていたし、笑築過激団も劇団だったけど事務所を構えてはいなくて。2人でエピソードをしゃべるスタイルから始めたけど、分かりやすくなるような形にしたいと思い、「オバーやってくれないか」と力也に話した。そんな風に続けてテレビ局などのコンテストに出場していたんだけど、同級生のファニーズが優勝した時は悔しかったな〜。ネタがほぼかぶっていたのはいい思い出(笑)。ドライブのネタだったんだけど、僕たちの方が後で、先にファニーズを見て「上手いしキャッチー。だから僕たちは終わったな」って思ったね。

松田ナビ:内容が似ているネタだったんですね(笑)。

祐司:その悔しさから一生懸命2人でネタを作るようになったんだけど、柳卓さん司会のプロアマ問わない大会があり、笑築過激団メンバーがコントしていたんです。当時学生だった泉&やよい、フーチバー親方とゴーヤージラー、川満しぇんしぇ~・・・それに僕たちも出て、特別賞をいただきました。その大会が縁で豊見城高校の先輩で笑築過激団に所属していた普久原明さんから連絡をいただき、ネタ見せに行きました。玉城満座長ほかいろんな人がいる前でネタを披露し、面白いって言ってもらえたので一安心。しばらく経って、「団員2人がりんけんバンドのメンバーになったので抜ける。来月から琉球放送でテレビ番組がスタートするので、手伝ってもらえますか?」と話をいただき、一つ返事で「はい!」って答えた。これが『お笑いポーポー』のスタート。番組が始まるのとお笑いがやりたい僕たちのタイミングがばっちりハマり、それからずっと続けています。

松田ナビ:まっさらな新人状態でテレビ番組出演がスタートしたんですね。

祐司:そう。右も左も分からなかった。当時、サラリーマンの仕事をしていたんだけど、番組は休みの日に収録してくれて毎週ネタを見てもらえるので、断る理由はなかったよ。4月に始めたけどすごく忙しくなり、半年後の10月には会社に辞表出したわけさ。そのくらい『お笑いポーポー』の盛り上がりがすごかったんじゃないかな。当時の記憶がよみがえる(笑)。毎日が目まぐるしかった。素人からいきなりど真ん中に行った感じでした。テレビ収録も持ち時間が割り振りされて、一週間前に座長に呼ばれて稽古場で合わせる感じでした。

松田ナビ:目まぐるしい状況でやっていたんですね。テレビで初めてやるネタもあったんですか?

祐司:あった。だから合っているのかどうかも分からんわけよ(笑)。座長や先輩たちは一回りくらい年上だったし住んでいる地域のギャップもあって、「ウチナーンチュ発見講座」などのネタはピンと来ない時もあったな〜(笑)。ひょうきん族にドリフに欽ちゃん、とんねるず。本土式の漫才を見てきた世代だったからかもしれない。でもローカルにギャップを感じつつ、「ゆうりきや〜」の初期のネタは力也のオバー。オバーの存在は面白かったし、高校生の時にオバーと仲田幸子さんの喜劇『ふくちゃん』をテレビで見て、涙が出るくらい一緒に笑った思い出があるんだよね。だからコントを演じる時、本土のお笑いを意識しながら沖縄の面白さを出したい。そのギャップを表現していこうと思ったよ。

1990年、結成当時のゆうりきや〜。沖縄若手芸人のパイオニア的存在として大注目された。

松田ナビ:過去になかった、ゆうりきや〜さん独自のフレッシュな感覚。僕は幼心に感じていたのかもしれません。

祐司:そのギャップの中でやりながら「当たり!」と思える事があった。「俺たちはヤマトンチュ(他県の人)ができない沖縄ならではのネタが作れる。それが武器になり県外の人たちも良しとして見てくれる。できるのは俺たちしかいない」と玉城座長は言っていて、その通りだと実感したよ。沖縄の年配の方たちが僕たちを面白いと認めてくれたり、沖縄に特化した『O-1グランプリ』というコンテストが始まったりしたからね。正はコンテストのど真ん中にいる芸人さんで、あれだけ沖縄に偏ったネタを作っているけどやっぱり面白い!

読谷がガラパゴス化!?

松田ナビ:『O-1グランプリ』は沖縄に寄せ過ぎているという声を聞いたことがありますが(笑)、沖縄らしい良い賞レースだと思っています。本土芸人さんのネタを見て心震える時がありますし、沖縄の人の芸を見た時には別の心の震え方をするというか。『ふくちゃん』はやっぱり大好きですし、「お〜! こんなの沖縄でやってたのか!」と衝撃を受けたりします。ゆうりきや〜さんは沖縄芝居や民謡の先輩方から影響を受けていますか?

祐司:笑築過激団は劇団だったから、座長が芝居の先輩たちとつながりがあった。大きな芝居を年に数回やって、客演で大御所を呼んでいたよ。下っ端の僕が共演させてもらう中で、着物の着方・声の出し方・歩き方や所作を教えてもらったり、昔はこうだったよ〜と面白い話を聞く機会があった。かわいがってもらった僕がやるべき事として、先輩に、正をはじめ若い世代の人を紹介したい。面白い後輩ですよとつなげたい、大先輩がたくさんいます。嘉手苅林昌さんが三線弾いて登川誠仁さんが太鼓を叩いていたら、突然林昌さんがパタンと後ろに倒れた話を聞いたよ。眠っていたのか酔っ払っていたのか・・・倒れても弾いていたから、誠仁さんは慌ててマイクを向けたとか面白くて信じられない話がいっぱいある(笑)。民謡界の先輩たちはいろんな事を教えてくれるよ。

松田ナビ:すごいですね〜(笑)! 貴重な話、絶対聞いていた方がいいですね。沖縄芸能に詳しい訳ではないですが、そういう話は肌感覚で好きです。

祐司:沖縄の人の笑いはやっぱり面白い。人前に出る時は言葉をチョイスするけれど、友達との飾らない会話や身近なエピソードは笑えるよ。「お兄さんたちの立ち話を聞くのが楽しいし、そういう漫才をしたい」と、関西の大物芸人さんが言っていて納得したけど、沖縄の人にしか伝わらないニュアンスや間の取り方ってあるよね。

松田ナビ:漫才をやってきて、「借りてきた言葉」では笑ってもらえないと感じます。ナチュラルな言葉でしゃべったら、それだけで笑ってもらえたりしますよね。沖縄の昔の漫才は素晴らしくて、島正太郎さん他すごいと思う先輩たちがたくさんいます。その時代の話が聞けたらありがたいですね。

祐司:沖縄芝居の先輩たちが新春番組などで漫才をやって、とっても上手だったよね。普通のやりとりでも、会話のペースや間は「鬼」と思えるくらい素晴らしい。芝居もやっている味のあるおかしさで、なんとも言えない感じだな〜。いろんな芸を見せたいサービス精神や、東京のテレビでかくし芸大会があったら沖縄でもやろうという流れがあったんだろうね。素晴らしい進行役がいて、有名民謡歌手が顔に落書きしたり・・・面白い世界だったな。

松田ナビ:いい時代ですね。本土のものを吸収するのは必要ですが、沖縄独自の番組やネタがあってもいいですよね。祐司さんに前に言われて記憶に残っているのが、「読谷には面白い人が多くてガラパゴス化している」という話。どういう理論でした?

祐司:国道58号線から離れた孤島(笑)。他所との交流がないまま、読谷という村だけで面白くなっていったんじゃないかな〜。「読谷の人は3分に1回“読谷”って口にしますからスグ分かります」と教わったこともあるし、独特の濃さがある(笑)。うるま市の一部にも同じ現象が起こっている、と僕は思っています(笑)。同世代にも面白い読谷の人がいるけど、正たちの初恋クロマニヨンが出てきて「読谷だ!」って注目したよ(笑)。

松田ナビ:僕らなんて全然。よしもとの先輩、空馬良樹さんもいますし変な人が多いかもしれません(笑)。

祐司:FECは昔、僕の実家近くでオーディションやネタ見せをやっていたから、山城智二が声かけてくれて時々見に行ったけれど、いろんな人が来てたよ。ヨッキー(空馬良樹)は棺桶みたいな箱を使っていて、読谷で箱を作ってわざわざ持ってきたば〜って笑ったよ(笑)。ドラムを叩きながら漫談をやる看護師女性がいたり、O-1グランプリではおじいちゃんと孫がエントリーしたり、いろんなネタを見て来たな〜(笑)。

松田ナビ:現場で実際に見たら相当面白いでしょうね。

祐司:思うところはあるけれど、審査員は優しいから何も言いません(笑)。最近は20代の若い子たちが一生懸命作ったネタを緊張しながら披露する健気な姿を見ると、ジ~ンと来て感動する。仕事も遊びもたくさん選択肢あるし、女の子にモテる方法を考えればいいのに、なんでお笑いを選んだば〜ってキュンとなるんだよね。上から目線ではなく同じ世界にいる仲間だと思うし、ひたむきさを忘れないようにと、自分も気が引き締まる。

松田ナビ:僕も全芸人さんをリスペクトしています。こんな大変なことをよくやっているよな、大会では人前で負ける姿をさらけ出していると思います。『O-1グランプリ』の 今年のネタで、沖縄芝居風にハンカチを渡すシーンがあって、予選でただの白い布を使いました。祐司さんから「赤いティーサージ(手拭い)」を渡す民謡があるから、その世界観で意味を持たせたらいいんじゃないか」とアドバイスをいただき、そんな細かいところに気付いてすごいなと思いました。

祐司:ガラッと変わるわけじゃないし誰が気付くのかも分からないけれど、赤くすることで深みが出るかなって思ったんだよね。

松田ナビ:終わってから2〜3人に「赤いティーサージ」と言われましたので、細かいことは大事なんだと痛感しました。

祐司:僕は大雑把な性格だし、下手にアドバイスしてリズムを変えてしまわないように、気を付けています。僕と力也は感覚が同じだから言うことはほぼ一緒。でもそれは僕たちの考えで演じる本人の感覚とは違うと思う。メリハリの付く立ち方や見せ方は伝えるようにしているけどね。

ずっと演じたいオジー&オバー

松田ナビ:祐司さんは脚本を担当することがありますが、昔からですか? 小学生のころに『お昼です決定版』という番組が見たくて、学校から家まで猛ダッシュで帰っていました。その中の芝居のコーナーで「作:城間祐司」というテロップを見て驚いた記憶があります。『Oh!笑いけんさんぴん』の「西武門食堂」の脚本も手掛けていましたし、書く人のイメージが強いです。

祐司:『お昼です決定版』は笑築過激団がレギュラー出演していて、コント風の劇をできないかとプロデューサーに相談されたのがきっかけ。座長のアドバイスで書き始めたけれど、ゆうりきや〜のネタは俺が書いていたし、『Oh!笑いけんさんぴん』も喜劇がある方が良いという構想からスタートしたよ。「西武門食堂」は当て書き。オバーはこんなことしか言わない、ぶーぶーはこんなこと言いそう、と演じる人やキャラクターのイメージで書いていたから、それ程大変ではなかったかも(笑)。ストーリーを考える苦労はあったけれど、出演者の予定を見ながら台本を書いていた。初恋クロマニヨンが来る予定だったら、正にこのセリフをお願いできないかな〜って、当日や前日に「これできる?」って確認する無茶ぶりしてたさ〜ね(笑)。

松田ナビ:『けんさんぴん』は当日でした! 現場で初めて台本に目を通す出演者であのクオリティーを保つのはすごいと思います。狙いがありましたか?

祐司:いや。事前に稽古していた時期もあったんだけど、全員を集める時間が作れない事情もあり、当日行くかってなリました。レギュラーはある程度パターンができるから、ゲストに合わせた設定にしたり、他の芝居のモチーフやパロディーを使ったりしたね。楽しんでやっていたので、僕は団体芸が好きなんだと思う。

松田ナビ:リハーサルでは「こんなせりふや設定、覚えられるのか!?」って人も、本番はバシッと決めますもんね。お客さんを入れたら気持ちが上がりますし、完璧に覚えていないナチュラルさもいいです。

祐司:生放送ではなくて収録だから、何かあればやり直せばいいと思っていたわけさ。でも実は一回も止めたことがない。厳密なお芝居ではないし、セリフが飛んでもそれはそれで面白いかな〜って思ったりね(笑)。でも無茶なお願いをしているのにしっかり役作りをしてくれる人も多くて、ありがたかったです。

松田ナビ:2018年3月の『けんさんぴん』最終回。僕らも出させてもらいましたが、ゆうりきや〜さんのコントを舞台袖で見る事ができてテンション上がりました。お2人ともめちゃめちゃ楽しそうに見えましたが、どんな心境でしたか?

祐司:昔からやってきた恥ずかしいくらいのコテコテのネタ(笑)。それこそ『ふくちゃん』をオマージュに作ったネタで、照れもありながら楽しくやりました。

松田ナビ:いいな〜、ああいう風になりたいと思いました。相方の力也さんとはずっと一緒でとにかく仲良しですね。楽屋でもおしゃべりしていますが、コンビ仲の秘訣を教えてもらえませんか(笑)。

祐司:10歳のころから知っていて今50歳なので、40年くらい一緒にいる。嫁さんよりも家族よりもいる時間が長いから、不思議な感じもあるよね。昔はこいつがいなかったら仕事がなくなるとか、仕事仲間として割り切る感覚はあったよね。例えば夜遊びするにしても、大丈夫かとお互い心配したりなどはあったけれど、力也がやっている事に対してのイライラはない。「お前に何かあったらこっちにも影響あるからで〜じ(大変)」という緊張感は持っていても、会えば楽屋でもどこでもずっとおしゃべりしているよ。テレビの感想や近況報告を話したり、画像見ながら「この子かわいい」って言ってるね~(笑)。

松田ナビ:ある意味理想系で本当に良い関係だなと、僕は思っています。『O−1グランプリ』は、10年以上審査員を務めていますが変化を感じますか?

祐司:技術が上がっている。昔はネタが飛んでしまったケースも含めて、フレッシュな感じがあったけど。審査方法やシステムなど賛否や課題もあるだろうけど、沖縄をテーマにした大会なので、参加者は沖縄に特化したネタやスタイルで挑む。傾向や対策を練ってみんな戦うけれど、松田正は見ているだけで恐ろしい(笑)。ゾクゾクする向き合い方で、良い意味で恐ろしい「永遠のお笑い少年」です。

松田ナビ:恐ろしいとはとんでもない(笑)。祐司さんが「永遠のお笑い少年」というキャッチフレーズを付けてくれたって自慢していますよ(笑)。

祐司:だってどんな風にしたら面白いのかずっと考えている。そういうメンバーが参加するから誰が勝ってもおかしくないんだけど、この大会は完全視聴者投票。そこを理解してもらえたらいいと思うし、コンテストはそれぞれに特徴があるからね。O−1の会場に行くと毎年ピリピリした緊張感がたまらない。エントリーした約100組のネタを見るのは大変かもしれないけれど、僕にとってのお笑いシャワー。浴びながらワ~って盛り上がったり、感動して泣き笑いしたり。良いものを見させてもらっている気持ちなので、審査できるのはとてもありがたいです。

松田ナビ:審査してもらった時に祐司さんが「面白いな」とボソッと言ってくれるとうれしい。ゆうりきや〜さんは分け隔てなく、みんなをかわいがってくれます。

祐司:『Oh!笑いけんさんぴん』が年代や事務所に関係なく、みんなに会える場所だった。ピリッとする瞬間もあったけれど、弁当を食べながら普段できない話をしたりね(笑)。事務所が違う芸人とは話をするなっていう時代があったらしいけど、今はみんなが集まるライブがあって最高! 僕が正と一緒に何かをやりたい時は、よろしくお願いします。

松田ナビ:今はみなさん仲良くやっていて、そのベースは『けんさんぴん』だったと思えるくらいの偉大な番組です。最後に展望を教えてください。

祐司:力也にはお互い長生きしようなって言っているよ。オジーとオバーのネタをずっと続けたいからね。人間国宝の落語家の方が言った「芸は人なり」という言葉が心に残っています。人柄が芸に出ると思いながら自分を作っていきたい。面白い事をして面白いところに身を置く体験が、芸に出てくるんじゃないかと思うんだよね。もう年だからとかあれはダメだとか思わずに、面白いと思ったら行動しようという感覚で、一人キャンプをやったりしているよ(笑)。何で一人でキャンプ? って聞かれたらもうネタになる。そういう感覚を大事に外に出ていきたいです。体験が新ネタや喜劇の台本に生きてくると思うので、元気に頑張ります!

【対談を終えて・・・】

☆祐司さん☆
お笑いをやっている仲間なので、偉そうなことを言わないようにしようと心掛けました。でもお笑い少年の正はギラギラしている。変なギラギラ感ではなく、ものすごい好奇心や熱量があってキラキラに近い! 審査員をしている「O–1グランプリ」では、「そうくるか〜」って毎回思わせてくれる後輩です。

☆松田ナビ☆
どんな話を聞こうかと緊張しましたが、あっという間の1時間。祐司さんの人柄で「それでそれで!?」と次々質問を引き出していただいた、楽しいインタビューでした。「芸は人なり」という言葉が心にしみました。

【プロフィール】

★城間 祐司(しろま・ゆうじ)/ゆうりきや〜
生年月日:1969年8月15日
出身地:那覇市
趣味:おもちゃ収集、読書
Twitter:@yujishiroma

★松田 正(まつだ しょう)/初恋クロマニヨン
生年月日:1984年8月22日
出身地:読谷村 
趣味:ソフトボール/漫画
特技:野球
Twitter:@hatsukoimatsuda
 


 

【インフォメーション】

ゆうりきや〜出演番組

◆沖縄テレビ放送
『アゲアゲめし』毎週金曜日19:00~19:30(ナレーション担当・城間祐司)
◆ラジオ沖縄
『おひがらサンデー 月下笑人』毎週日曜日13:00~15:30

◆琉球朝日放送
『十時茶まで待てない!』毎週月~金曜日9:55~10:20
月曜日~水曜日:城間祐司・城間やよい
木曜日~金曜日:山田力也・喜舎場泉

ゆうりきや〜公式サイト==> http://www.yurikiya.com

YouTube「よしもと沖縄チャンネル」 
ラフ&テーゲー『ラフテー』

【内容】
「よしもと沖縄」のYouTubeチャンネルにて、毎週月曜日~木曜日に生配信!
その名も『ラフ&テーゲー「ラフテー」 』。
沖縄芸人が出演し、視聴者の方と絡みながら毎日さまざまな内容をお届けします。
YouTubeにて、全国どこからでも無料でお楽しみいただけますので、ぜひチャンネル登録をしてご覧ください。

配信日:毎週月曜日~木曜日 20:30~21:30、60分間生配信
※詳しい出演者などは「よしもと沖縄花月」のTwitter(https://twitter.com/okinawa_kagetsu)でチェック!

饒波貴子(のは・たかこ)
那覇市出身・在住のフリーライター。学校卒業後OL生活を続けていたが2005年、子どものころから親しんでいた中華芸能関連の記事執筆の依頼を機に、ライターに転身。週刊レキオ編集室勤務などを経て、現在はエンタメ専門ライターを目指し修行中。ライブで見るお笑い・演劇・音楽の楽しさを、多くの人に紹介したい。