2013年3月にデビュー、10周年を迎えたばかりの「キンピラゴボウ」たいがさん、もりみつさん。小学校6年生で出会った幼なじみで、高校生の時にコンビを結成。コンテストや学校行事に出場していたそうですが、ガリガリだった体型をイメージさせる「ゴボウ」を入れてコンビ名を決めたそうです。物作りが得意でワークショップの講師やドラマの美術スタッフを務めるなど、さまざまな活動歴を持つ2人。舞台の小道具に注目するのはもちろん、数年前に作った漫才やコントに現在のエッセンスを加えてアップデートするなど、ネタの工夫もこらしています。3月19日には単独ライブ開催という事で、ナビゲーターの「初恋クロマニヨン・松田正(まつだ・しょう)」さんが深掘りしました。
(執筆:フリーライター・饒波貴子)
テンブスホールでの単独ライブを間近に控えた「キンピラゴボウ(FEC所属/http://www.fec.okinawa/)」・たいがさん(左)ともりみつさん(中央)。学生時代の思い出話からネタ作りの進め方まで、ナビ芸人の松田正さん(よしもとエンタテインメント沖縄所属/http://yoshimoto-entertainment-okinawa.jp/)に詳しくたっぷりと話していました。
小6からの幼なじみがコンビを結成
松田ナビ:ライブで一緒になった時など話したことはもちろんありますが、コンビの歴史など詳しくは分かりません。結成当時のことから教えてください。
もりみつ:小学校6年生のころ安謝小学校に転校して、たいがと仲良くなりました。僕は記憶にないんですけど、たいがいわくアンパンマンの替え歌などを2人で作って、笑い合っていたみたいです(笑)。中学も高校も同じで、高校は3年間クラスもテニス部も一緒でした。
たいが:高校生対象の漫才コンテスト「ハイスクールマンザイ」に2人で出ようと決め、初めて「キンピラゴボウ」というコンビ名を付けて出場しました。
もりみつ:その前にも学校で英会話でやり取りする「スキットコンテスト」というのがあって、2人で挑戦してみんなの前で披露しました。
たいが:クラス代表をまず選んで学校代表を決めるんですけど、ちょっとした賞レースのようでした。那覇高校代表になり県内大会で他校と戦い、突破した9組が全国大会に出場。数分間英語で寸劇をするようなコンテストなんですけど、コントを演じたのは恐らく僕らだけです。2人とも小学生の心を持っているので、「うんこが漏れそうだけど我慢する」のを英語で表現しようかと思いましたが難しくて、ウルトラマン風に物を投げ合う内容にしました。英語は幼い初心者レベルでしたがめちゃめちゃウケて、ベスト8まで行きました。それが高1の時、2人での初舞台でした。
松田ナビ:英語の教科書みたいなことを実演したのは素晴らしいし、お笑いの大会ではない中で好成績ですね。
たいが:英語の発音の大会だったので、上位はほぼ帰国子女とハーフ。普段から英語を話している人が多く、「演じる内容は英語がきれいに聞き取れないと意味がない」と総評で外国人の方が話していました(笑)。
松田ナビ:身もふたもない話(笑)。でも「小学生の心を持っている」というのは、キンピラゴボウのキャッチフレーズとしてピンときます。
たいが:当時やったのはハリセンで叩き合ったり、ウルトラマンのビームの代わりに火の玉を作って投げたりみたいなことで、そういった発想は今もあまり変わっていません。
松田ナビ:「スキットコンテスト」や「ハイスクールマンザイ」に出場して、お笑いをやりたいと思っていった!?
もりみつ:高2の後夜祭に、もう1人加えて3人で出てみたんですよ。すごく頑張ってネタを作りましたが人気者ではなかったので、「この3人誰?」とみんなを困惑させ、クラスの数人がクスクス笑うだけでした。有名芸人さんのネタをパクったような人たちがウケていて、悔しかったです。
松田ナビ:それは悔しいな~。
もりみつ:表現に自信はなかったですが、人を笑わせたい気持ちにはなりました。でも芸人になる才能があるとは思えず、売れて人気者になるギャンブルのような展開は厳しいという感覚でいました。
たいが:僕は何も考えていなかった。普段はコンタクトか眼鏡を使っていますが、観客側の反応を見えるのが嫌で裸眼でコントをやりました。だから楽しさの方が上回っていたんです(笑)。やりたいことを舞台で演じ、程良い緊張感と楽しさで気分は充実。でも舞台から降りる時、硬式テニス部の仲間が頭を抱えながら震えていて、そんなにひどかったんだと分かりました。マンモス高で大スベリという感じでしたね。
もりみつ:1000人の前でスベるのはしんどくて、そこそこのダメージですよ。たいがはハートが強くもう1人は家で泣いたらしいので、僕は2人の中間。「ハイスクールマンザイ」に出場したくなり泣いたヤツには声を掛けず、たいがを誘いました。
松田ナビ:3人の中で、メンタル強めの2人が残ったんだ。僕も学生時代にスベった時は、この世の終わりと思ったよ。「明日学校に行って顔を合わせるなんて、生きていけんやし」と考えたので、めっちゃ分かる。
もりみつ:僕はダメージがありましたが、たいがは鬼のように強くて。
たいが:おそらく現実を受け入れたくなかったんです。翌日も普通でいたおかげかもしれませんが、話したこともない他クラスの男子に「マジで面白かった」と言われましたよ。「お前らとずっと友達になりたかった」と言ってくれ、高3で同じクラスになって仲良くなりました。笑ってくれたのは1000人中1人だけでしたが、テレビの芸人さんをまねてもてはやされる野球部やサッカー部のみんなは嫌い(笑)。彼らを呪うように始めたのが僕らのお笑いかもしれません(笑)。
松田ナビ:面白いと言ってくれた人が1人でもいたのはいい話。たいがくらいの図太さがないとやってられないし、スタート地点として最高のあるべき姿(笑)。まね事を否定する位オリジナリティーのあるものを僕らはやっている、という素晴らしいモチベーションで始めているね。
もりみつ:中学時代に話を戻すと、あのころいじめられていたんじゃないかと、たいがによく言われます。ただ最近同級生と話したら、「やっぱりいじめられていたのかな」と思えたんです。そのころアホだったのか受け入れていなかったのか分かりませんが、いじめられていた記憶はなかったんですよ。
たいが:いじめられていると本人が思わなければ、いじめにならないですよね。
松田ナビ:2人とも鈍感なの(笑)!?
もりみつ:鈍感ですかね~!?
たいが:中学はテニス部は一緒でしたが同じクラスになった事は1回もなくて、少し疎遠でした。僕は生徒会をやっていて中3のころは副会長。まぁまぁ知られている感じでした。
もりみつ:僕は何をしていたんでしょうか!? 高校時代は楽しかったんですが、小中時代の記憶があまりないんです。弱小テニス部で僕だけが県大会に行った事は覚えていて、強いボールが来た時に反射的にポンと当てたらそれが決まってしまって・・・あいつ強いかも、みたいな嘘がまとわりついて、狙われなくなった記憶があります。
松田ナビ:このエピソードが象徴する訳ではないけれど、もりみつは良い意味の不気味さがある。こいつ何か企んでいそうと思わせる感じ。外から見ていると、たいがが広報役的に外交をして、もりみつが何かを企むコンビ。
もりみつ:めっちゃ嫌なやつじゃないですか(笑)。確かに言われますが、全然そんなことないですよ。
たいが:企んでいると思います。彼が普通だと思ってやっていても、それ違うよ~みたいなことだったりしますから。
泊大橋で涙、悔しさをバネにしたお笑い人生
松田ナビ:単独ライブやイベントなど、コンビ間でどうやって決めていますか? ネタ作りは、お互い少年っぽくて個性もあるからぶつかり合ったりしない!?
たいが:基本的に2人で話をして決めていて、方向性でぶつかる事はあまりないと思います。
もりみつ:お互い年齢を重ねてきたからなのか、ここ2~3年位はちゃんと話し合いができています。気持ちが高ぶることもなくネタも相談しながら作っていて、筋がズレて脱線しても共有しながら進めます。経歴を重ね、精度が少しずつ上がってきた実感はあります。
松田ナビ:FECに入ってどれくらいになる? 入ったきっかけは?
たいが:19歳になる年に入って10年目です。今年30歳ですが、FECが旗揚げした1993年に生まれたんです。事務所入りのきっかけは高3の時たまたま見た、「フレッシュお笑い選手権大会」のチラシ。「ハイスクールマンザイ」も終わってフリーライブとかに出られないかな~と考えていた時に見た、お笑いライブとは思えないめちゃくちゃダサいチラシでした。でもお笑いにアンテナを立てていて出場費無料で優勝賞金もあると知り、エントリーしたんですよ。当日のことは忘れもしません。めちゃくちゃ強い台風が来ていた中「開催します」という連絡が入りました。もりみつと一緒に出る予定でしたが塾の模試に行くから欠席すると言われてしまい、「カズキくん」の家を訪ねて「今日ライブがあるんだけど出ない?」と誘いました。もちろん変な顔をされましたが、何とか連れ出して平和通りのアーケードで打ち合わせをして、その足で予選会場に行きました。
松田ナビ:コンテストの当日なのにすごい根性(笑)! 飛び込んでいく力があるな~。
たいが:ネタというより、その場で2人の話を合わせる感じです。
もりみつ:そういうところ、たいがはすごいんですよね。
たいが:高校の全校生徒の前でやる位の感覚でした。FECという事務所も知らなかったです。
もりみつ:19歳の時は「O-1グランプリ」にも初めてエントリーして落ちて。どんな人たちが受かるのかと最終予選を見に行ったら、自分たちより面白い人を前に「負けたくない」気持ちになりました。高校を卒業して一年、たいがに会っていなかった間に、僕のお笑い熱みたいなものが上がっていたんですよね。この先別にやりたい事もない、たいがは今何をしているんだろう。たいがだったらお笑いを辞めないだろうし、ずっと一緒にやってくれそうだと思えて連絡を入れました。そしたら居酒屋でアルバイト中だったんですが、1日2時間だけしか働かないという訳の分からない生活で。
たいが:お笑いを仕事にできたらいいな~ってぼんやり思っていましたが、大学に行く気はなくやりたい事があるわけでもなく、クソみたいな時期でした。昼の2時ごろ起きて、父ちゃん母ちゃんと外に昼飯を食べに行って。
松田ナビ:昼から外に行くんだ(笑)。人生において、クソみたいな時間を過ごす時ってあるよね。
たいが:おいしい鴨そばなどを食べて夕方家に帰り、夜7時から9時まで2時間バイト。終わったら賄いを3人前位食べていました。
松田ナビ:2時間働いているし、俺はニートではないぞと。
たいが:はい、ニートではありません。週に4日2時間ずつ働くのが精一杯でしたが、その生活になえていました。結局何がしたいのかと親に聞かれ、何も決まっていなかった中で、お笑いをやりたい気持ちはざっくりとあったんです。もりみつは進学先が決まって時間が作れそうだから、事務所に入ろうかという話になったんですよ。テレビに出て有名なこきざみインディアンさんは、小5の時の自然教室に引率役として来て、一緒に泊まって登山などをしました。こきざみさんの事務所がオリジンさんだと知っていたので、「芸人になりたい」と問い合わせてみたんです。「月曜から金曜まで毎日2時間の基礎練習が必須」と言われ、通学予定のある相方のスケジュール的に難しい事が分かりました。そのあと「ハイスクールマンザイ」出場時に連絡先を交換していた「メガネロック大屋」がFacebookにライブ告知を載せていると思い出し、連絡しました。基礎練習はあるけれどそんなに厳しくないFECで芸人活動をしていると教わり、良い事務所だと思いました。それで大屋の紹介でオーディションを受け、合格したのをきっかけにFECに入ったんです。誰でも受かると言われているオーディションでしたけど(笑)。
松田ナビ:入ってからはどうでしたか?
もりみつ:お笑いの世界をあまり知らなかったので、目指す芸人さんがいる訳ではなく「自分たちのやりたい事を披露したいです」と貫いていました。最初の舞台でスベッたんですけど、同期で入った「大平スタイル」がウケて、上のランクに行ったんですよ。めちゃめちゃ悔しくて「ツーリングしよう」とたいがに言って、ライブの後に泊大橋近くを2人でガッと走りました。橋の一番上でツーッと悔し涙が流れた、初ツーリングでした。
たいが:彼はビックスクーターで僕は原付バイク。僕に合わせて、ゆっくり走ったんです。
もりみつ:涙を流した悔しい経験もありつつ1年後くらいには割とウケるようになってきましたが、印象に残っているのは2年目になる直前の出来事。僕らの定期ライブ「お笑い劇場」は当時、出演者選抜の予選ライブがあったんですが、先輩と初めて戦った時でもめちゃくちゃウケたんですよ。手応え感じ絶対上がれると思っていたのに、後から出てきたハンサムさん、知念だしんいちろうさんが過去のライブで見た事がないくらい大ウケしていて、大会場レベルの笑いを取っていました。新入りの僕たちをつぶそうとしている、と思いましたね。
松田ナビ:当時劇場に出ている中のトップの人たち(笑)。学生時代やバイクで泣いた思い出も含めて、悔しさから始まったお笑い人生だ。芸歴約10年で、どんどん面白くなり賞レースの本戦にも出てくるようになったキンピラゴボウ。新人の時から変わったのはどういうところ?
もりみつ:時間をかけたから、という感覚しかないですね。
たいが:経験の積み重ねというかネタの調整。ネタを作っていく過程で、面白いけれど本筋からずれているからこっちのラインに戻すとか、丁寧に表現した方がいいんじゃないかとか。自分らはこっちをやりたいけれど、放送作家さんや先輩方からもらったアドバイスを参考にするとか。やりたい事の大筋は高校時代からあまり変わっていませんが、調整ができるようになってきたと思います。
松田ナビ:僕も20歳位のころ、表現力がないと言われ続けて「表現力って何だば~!?」、クソくらえと思っていた。
たいが:マジでそうですね。最初のころのネタ見せで先輩は、「いいね」としか言ってくれなかったんですよ。「今はこれでいい」という意味だったのでしょうが、他の先輩はネタ見せで具体的なアドバイスをもらっていたんです。結局僕たちはこの段階に来ていない、今できることを一生懸命やるしかないなと感じていました。
松田ナビ:でも2人のネタは世界観がある。ウケやすいネタもある中、自分たちのやりたい事を続けるのは大変でしょう。
たいが:楽しいが先で、大変だという感覚はありません。イマイチだったからどう伝えたらいいかなど、あまり考えないです。
松田ナビ:狙ってやっている訳ではなく、ナチュラルにやっているんだね。変わった事をやってやろうとか、世界観を出してやろうとは思わない!?
たいが:普通にやっているんですけど、変わっているとかどうやってアドバイスしていいか分からないって言われたりします。
もりみつ:それで悩んだ時期もありました。ここにツッコミを入れたら笑いが来る、というお笑いの方程式のようなものが分からず、この先どうしようかと考えましたね。賞レースに勝ち残れなくなるんだろうなと2年くらい思っていて、お笑いが楽しくなくなりました。ネタが作れずアイデアも出ないから、辞めるつもりでお休みしました。そして休み明け、好きな事をやったら笑いも取れて、続けていくしかないと前向きになれたんです。
ネタは常に変化、自由に楽しくをモットーに
松田ナビ:やりたい事ができていると思えたら楽しい。ある程度笑いが取れて表現力も付いていると実感したら、何よりだと思う。
たいが:ネタのフォーマットは同じで僕たちも変わらずに演じているんですけど、見せ方や経験値で何とか今やっと、笑える感じになってきたのもあります。
松田ナビ:お客さんがキンピラゴボウの見方を分かってきた、というのもあるかもしれない。このネタ訳が分からないと言われたりしますか?
たいが:初期のころ、塩ビパイプで大きなアーチを作って新聞を貼り合わせ、黒ペンキで「琉球王朝」と書きました。それをバックに、沖縄のCMソングに乗せて気持ち良いタイミングでせりふを言う、という事をやりました。
もりみつ:このネタのきっかけは、僕が友達とドライブをした時のBGM。沖縄のCMソングを集めたCDを流していて、「泡盛残波」の曲を聞いた時に「ネタで泡盛残波って言いたい!」と思ったんです。たいがに話したら「意味が分からなさすぎるので、いろんなCMソングを使うのがいいんじゃないか」って事になったんですよ。「御菓子御殿」のCM曲に乗せて「泡盛残波」と言いながら板を割ったり、「琉球王朝」のCMの中で「泡盛残波」と言ったり。最後には貼ってある新聞を2人で破って出てきました。この感じのネタ、もうやらないんですかっていまだに言われます。
松田ナビ:アートだな~。熱烈なファンがいるんだ。
もりみつ:お客さんとして見ていたけれど、今は芸人になった人とかですね。
たいが:セオリー通りのお笑いではなく、自分らが心地良くてやりたいネタをやろうという時期でしたね。
松田ナビ:心地良いのは精神衛生上良い。それでウケるのがすごいよね。
たいが:でも映像で見返しても多分面白くないはずです。その時のライブ感みたいのが相まって、みなさん笑ってくれたんだと思います。
もりみつ:ライブ感に頼っていた時期が結構あったんです。ライブではずっとウケていて、事務所のライブでもずっと上位だったんですけど賞レースでは勝てない。それが続いて、テレビはそういう事じゃないんな~と思いました。
松田ナビ:数人の大人が審査する予選会場とライブ会場では、空気が全然違うね。
たいが:社長の山城智二さんには、「賞レース用のネタは枠組みをしっかりした方が良い」と言われていました。2~3年言われ続けて悩みながら、フォーマットのようなものを考えたりとか。
もりみつ:2人で一応頑張ったんです。
松田ナビ:キンピラゴボウ主催「枠なし賞レース」を開催しよう! 枠なしのネタ、やりたい芸人さんはいっぱいいるしその先駆けが2人です。
たいが:面白さとネタとしてのきれいさみたいなものが問われるのが賞レース。それを踏まえた上で人間性のようなモノを載せ、さらに向こう側に行けるのが賞レースに強い人たち、だと思えます。
松田ナビ:自分たちは普通にやって、周りから変だと言われた漫才の設定はない!?
もりみつ:僕らネタ帳に書き留めていないので、あまり覚えていないんです。今月の単独ライブでは「タクシーの漫才やります」って出てくる勇者ネタを予定していて、タクシーに乗ったヤツが他のタクシーに追われ、襲撃しにヘリコプターも来るみたいな感じです
たいが:他には「おーいお茶」のエトセトラを言い方を変えながら表現。そういう風に言うとちょっと渋みがつよいな~とか。
もりみつ:伊江島の伝説の巨人「チカラタンナーパ」と、たいががラジオでお世話になった菊地志乃さんが戦うネタもやりました。
松田ナビ:戦わすな、チカラタンナーパと菊地志乃さんを!
たいが:ラジオカーのレポーターをやっていた時はお笑いを抑えていたので、「もっと自由にやっていい、私をいじってもいい」と志乃さんに言われていました。なので「ラジオを聴いている方は知らないでしょうが、志乃さんは身長が高いんですよ~、実は5メートル位あるんです」など生放送で言っていたら、リスナーさんの反応が良かったんですよ。
松田ナビ:そこから生まれたネタなんだ。どっちが勝つの?
たいが:志乃さんが勝ったと思います。変化してチカラタンナーパくらいの怪物になって、どっちも力が制御できなくなって自分の首をもいでしまうみたいな。
もりみつ:タートルネックの服を着たチカラタンナーパのネタもありますし、当時伊江島で営業があったので情報をインプット。入ったものは出したいのですぐネタにしたんです。
松田ナビ:気になるタンナーパをネタにするとは、少年だな~。
たいが:志乃さんは4メートルの大きさで作って、目にレーザーを仕込みました。
松田ナビ:造形物を作ったんだ。写真を見せてもらったら、本当に大きくてめっちゃ面白い! 手作りの小道具もあってネタもそんな風だから、よりアーティスティックに見えるんだよな。
もりみつ:お互い小道具も作るんですが、自分のハマっているネタ作りの方法みたいなのがあって、一時期は音楽に合わせてネタを作っていた事がありました。僕が産婦人科の先生役。
たいが:診察台には妊婦さんの人形を座らせて「大丈夫ですか奥さん、出産できますか」と聞き、「しっかりお子さんが生めるように音楽をかけます」と言ってBIGBANGの「FANTASTIC BABY」を流す。この曲激しくないですかみたいな事を言われ・・・。
もりみつ:踊ったりしながら、「FANTASTIC BABY」という歌詞になると必ず赤ちゃんが生まれるという。
たいが:八つ子になるまで生まれたりとか。
松田ナビ:「FANTASTIC BABY」の数だけベイビーが生まれ、曲を聴きながらネタを作る事もあり・・・そういうテイストのネタは、今回の単独ライブで見られますか?
もりみつ:先に話した高校生のころの「スキットコンテスト」。英語を訳した日本語版を昔やった事があるので、久しぶりに披露しようかと思っています。
松田ナビ:ベスト版ライブみたいな感じもあるんだ。ネタは何本位やる予定?
もりみつ:8~9本くらい。1年目に作ったネタを「0-1グランプリ」の最近の予選で出したりしているので、「あの時できなかったけど今ウケるんじゃないか」と思えるネタを選ぼうと思っています。それから僕らが勝手に言っている、「歌舞く」というジャンルがあります。ボケとかツッコミはないんですが、なぜか笑ってしまうものをとにかく盛り上げる。旗揚げやお祭りの時はコスプレしたり花吹雪を舞わせて、歌舞いていきます。コントや漫才とは別のジャンルなんですよ。
松田ナビ:独自のエンターテインメントがあるんだ。
もりみつ:今回の単独ライブは、結局歌舞くはずです。続けるとウザいので1回だけ歌舞くと思います。
たいが:手売りで買ってもらったチケットも多いので、沖縄のお笑いを見たことがない人が会場にいたりするのかな~とイメージしています。
松田ナビ:それはいい環境。ぜひ歌舞いてください! 最後に展望を教えてもらえますか。
もりみつ:2人で自由に楽しく活動を続けたいです。お互いお笑いの他にもいろんな事に興味があるので、それも生かしながら時間にもお金にも縛られずに、生きていけるように頑張ります。各都道府県での単独ライブ開催も目標にします。
たいが:ラジオカーやCMの仕事など、お笑いとは別の仕事をバラバラでやる機会が多かったコンビです。好きなものの方向性や興味が違ったりしますが、2人でネタ作りを続けていきたい。そして自分らのやりたい事とDIY好きな面を生かし、芸強めで生活をしていけたらと思っています。
【対談を終えて・・・】
☆もりみつ☆
沖縄芸人の中でもお笑いド直球というか研究者というか、すごい人という印象のしょうさん。確立した自分の流派を持っている芸人さんだと思っています。過去を踏まえて今見ている世界のことが知りたいですし、今回は1人ずつのエピソードを引き出しながら話を聞いてもらえたありがたい機会でした。
☆たいが☆
お笑い第一で、この場面で一番面白いのは何かと常に考えているのがしょうさん。やりたいお笑いを確立させて多くの人に笑ってもらえる事が芸人として最高ですが、その術を持っている人だと思っています。でも本人は追い求めるんでしょうね。どういう世界を目指すのか、いつか聞いてみたいです。
☆松田ナビ☆
唯一無二のアーティスティック芸人だと思っています。ネタの内容や手作りした小道具をはじめ、DIYでお笑いを作っている。独特のものを自分たちで作っているという印象です。少年の心を持つキャラクターも相まって、嫌味がない感じでうらやましいですね。自分にはないものばかり持っている2人だからうらやましいと、常々思っているんです。
【プロフィール】
★もりみつ
富川 盛光(とみかわ・もりみつ)/キンピラゴボウ
生年月日:1993年11月2日
出身地:那覇市安謝
趣味・特技:ジブリ作品全般、漫画、工作(特に紙粘土) 物理、リンボーダンス、家屋の設計図作成
Twitter:@omaenoka
★たいが
金城 大河(きんじょう・たいが)/キンピラゴボウ
生年月日:1993年10月23日
出身地:那覇市安謝
趣味・特技:文房具、工作、バドミントン、珍味、カラオケ、平成仮面ライダーシリーズ、ハリーポッターシリーズ
Twitter:@Tai_H3PO4
★松田 正(まつだ しょう)/ 初恋クロマニヨン
生年月日:1984年8月22日
出身地:読谷村
趣味:ソフトボール/漫画
特技:野球
Twitter:@hatsukoimatsuda
【インフォメーション】
◆さよなら。今までのキンピラゴボウ。
単独ライブ「シン・キンピラゴボウ」
日時:3月19日(日) 17時30分開場/18時開演
会場:那覇市ぶんかテンブス館 4F テンブスホール(マップはこちら)
料金:前売り・当日ともに 2000円
チケット予約・問い合わせ:2人のTwitter、もしくは090-6865-2877
◆初恋クロマニヨン 出演中!
QAB「ウチラン UCHINA-RANKING」
あらゆる沖縄ネタを、独自視点で紹介するランキング番組。MCは初恋クロマニヨン。
放送:毎週日曜15時55分放送
公式サイト:https://www.qab.co.jp/uchina-ranking/
公式Twitter:@UCHIRAN_TV
見逃し配信==>https://www.youtube.com/@UCHIRAN/featured
饒波貴子(のは・たかこ)
那覇市出身・在住のフリーライター。学校卒業後OL生活を続けていたが2005年、子どものころから親しんでいた中華芸能関連の記事執筆の依頼を機に、ライターに転身。週刊レキオ編集室勤務などを経て、現在はエンタメ専門ライターを目指し修行中。ライブで見るお笑い・演劇・音楽の楽しさを、多くの人に紹介したい。