きょう3両化車両運行スタート
きょう8月10日、「ゆいレール」の愛称で親しまれる沖縄都市モノレールは、開業20周年を迎える。この記念すべき日に、3両化車両の運行がスタートする。輸送力の高い3両化車両の導入により、混雑の解消が期待される。ゆいレールの将来を担う運転士見習の2人に話を聞いた。
車社会の沖縄では、市街地の慢性的な渋滞が問題となっている。渋滞解消への期待を込めて建設されたゆいレールは、2003年8月10日に那覇空港~首里駅間で開通。19年には、てだこ浦西駅まで延伸した。
コロナ禍による落ち込みは見られたものの、1日あたりの乗客数は3万1905人(開通初年度の平均)から、5万575人(ことし4~6月の平均)にまで増加。増え続ける乗客に対応するため、20周年を迎える節目である本日、待望の3両化車両が導入される。まずは2編成を走らせ、次年度に2編成・次々年度以降に5編成を順次増加させる予定だ。
電気系統などの仕組みの関係上、現行の2両車両を3両化することはできず、3両化車両はすべて新規に製造。新しい車両には、大型の荷物置き場が設置され、ディスプレイの数も各車両2つから4つに増える。
新人にインタビュー
ゆいレールの安全な運行を担う運転士は57人。モノレールの運転から、ドアの開閉、乗客への案内、車両の点検を1人でこなす必要がある。
ことし6月、新人3人が国家資格である「動力車操縦者運転免許試験」に合格。運転士見習として研修に取り組んでいる。そのうちの2人、松村さやかさんと大浜未羽斗(みうと)さんに話を聞いた。
沖縄市出身の松村さんは、県外の大学を卒業後、公共交通機関である鉄道に魅力を感じ、JR東日本に入社。駅での勤務を歴て、車掌を務めたが、沖縄で働きたいと帰沖した。JR東日本では電車の運転の経験はなかったが、運転士として働きたいと思い、故郷での新たなチャレンジを決めたという。数少ない女性運転士の一人だが「女性だからといってあまり気にしてはしません」と笑う。
那覇市出身の大浜さんは、通学でゆいレールを利用するうち、運転士への憧れが芽生え、「ダメもとで」志願した、と振り返る。
運転士になるには、動力車操縦者運転免許を取得する必要がある。沖縄都市モノレールの場合、運転士候補生は駅での勤務を経て、受験に向けての研修に入る。
筆記試験では、操縦に関する法令と動力車の構造や機能を軸に、幅広い知識が問われる。その後に控える技能試験では、停車の技術や定時運転、非常措置などが審査される。
実技研修では、指導者の監督のもと、実際に乗客を乗せ、ゆいレールの運転を行う。シミュレーターはなく本番に臨むため、最初は緊張したと2人は口をそろえる。1車両27トンもの重量があるゆいレール。「ブレーキで車体を制御するのが非常に難しかった」と大浜さんは振り返る。
非常措置の訓練もシビアだ。「実際に車両が故障した時、自分ひとりで完璧に対応しなければいけないので、プレッシャーがすごいですね」と松村さん。運転席の非常口から外に出て、レールの上に立つ訓練も行ったという。
現在、2人は、同期のもう1人と共に運転士見習中だが、9月に1人立ちすることを目標に研修に励んでいる。
地域と共に走る
「地域密着型なのが、ゆいレールの魅力かな、と。地元の方も大事にしていると感じます」(松村さん)、「定時で運行できているのは素晴らしいと思うし、駅ごとに違う車内チャイムがあったり、ラッピング車両がバラエティー豊かだったりするのがいいですね」(大浜さん)
最後に、2人が目指す運転士像について質問すると、「安全性」「定時性」という答えが帰ってきた。交通渋滞の解消、環境負荷の低減、安定的に乗客を運ぶという期待を背負ったゆいレール。2人の未来、そしてゆいレールの未来に期待したい。
(日平勝也)
(2023年8月10日付 週刊レキオ掲載)