多くの観光客でにぎわう石垣島の中心市街地。活況の中で新しい建物や店舗が次々と生まれているが、そこから少し歩いてみると、昔のままの風景も姿をのぞかせる。
変化する街並みと変わらない光景が同居する石垣市大川の「ゆいロード」とその周辺をほろほろしてきた。
新しい風
八重山郵便局方面からゆいロードを西向けに歩き、まず訪れたのは「しましまストアー」 1 。2016年に開業し、「観光客だけでなく島の人にも来てほしい」と、八重山の島々で作る商品のほか、店主の登野盛敬子さん(34)が全国から取り寄せた雑貨を扱う。
おしゃれな雰囲気に男1人で入るのに気が引けたが、登野盛さんの柔らかい語り口に緊張が解ける。
元々は波照間島で夫が製造する黒蜜の倉庫にするために見つけた場所なので、店を開くことは想定外。だが「自分が選んだ物を喜んで買ってもらえるし、自分のペースでできるのでやって良かった」と満足げな表情で話した。
そのままてくてく歩くと、ほどなく「日本最南端の写真美術館」と張り出されたポスターに出合った。今年6月にオープンしたばかりの写真美術館「MIRA」 2 にはプロカメラマンが撮影した国内外の風景や自然、人物の写真が展示される。
照明の当て方やパネルの材質なども工夫され、魅力が一層引き出されたプロの写真に、思わず「すごいな」という言葉が口を突いた。
カヤックのガイドとして働く中で、美しい光景を切り取る写真の魅力に取り付かれたという代表の井戸巌也さん(45)。「写真家の活躍の場を広げたい」との思いからオープンした。「インターネットやSNSの画像では伝わらない写真の魅力にぜひ触れてほしい」と熱っぽく語った。
故(ふる)きを温(たず)ねて…
次に訪れたのは、ゆいロードから北向けに入ってすぐにある「南嶋民俗資料館」 3 。赤瓦屋根の古民家に八重山の衣食住や伝統文化に関する1万点ほどの収集物が集まる。
文字通り所狭しと収蔵品が並び、公的な博物館にはない味わいを放つ。館長の崎原毅さん(61)は「雑然とした感じが良いとも言われるが、本当はもう少し整理したい。ただ『後は託す』とじゃんじゃん預けられるから増える一方で、悪戦苦闘している」と苦笑する。
“掘り出し物”を探しに研究者が訪れるほどの資料館だが、残念ながら一般の来館者は少ないとのこと。それでも「その当時にタイムスリップできる。それに、欲しいと思い続けると実際に”お宝”が手に入るのでやめられない」と収集の魅力を語る。
八重山の歴史を語り継ぐモノに触れる機会をつくろうと来館者増に向けた一手として、収集品に囲まれながらコーヒーを味わえるカフェの準備を進めているという。
「うまい」を追求
崎原さんによると、ゆいロードから資料館に向かうために通った縦の道は、かつては港への物資の運搬などで往来が盛んだった島のメインストリート。当時の街の様子に思いをはせながらも小腹はすく。
そこで資料館にほど近く、ぜんざいやかき氷、今川焼き(さとうきび焼き)がメニューに並ぶ「石垣島冷菓」 4 に入る。
基本的には持ち帰りだが、店内でもいただけるお店だ。注文した「島の砂糖とパインのかき氷」を口に含むと、氷のふわふわとした食感とパインの自然な甘みと酸味が広がる。食べ慣れているかき氷シロップでは出せない味の豊かさに驚く。
氷はふわふわで、しかも溶けにくい。店主の玉城亜紀さん(42)は「氷を作るのに3日かけ、削り立ての氷を3日以上置くこと」と秘密を明かしてくれた。創業した親戚のおじさんのレシピを引き継いでいるという。手間がかかる工程だが「手を抜くと昔からのお客さんにはすぐばれる」と話す。
島の素材にこだわり、父の畑で取れたアセロラやグアバを使用したぜんざいを開発するなど、自分色も出す。「やっぱり新商品を出すとお客さんが喜んでくれる」と笑顔を見せた。
店内に貼られた手作りの地図を何げなく見ていると、かつてこの付近に多くの酒造所があったとのこと。そこで今でも操業する池原酒造 5 を訪ねた。
1951年創業で「白百合」「赤馬」を製造する同社。2代目の池原信子さん(86)から戦後間もないころ、周辺には他に5酒造所があったと教えてもらった。なぜ、多くの酒造所が集まったのか、理由を尋ねてみると「どうしてでしょうね」と返されたが、「(他が廃業したのは)採算もあるし、後継者の問題もあったのでは」と語る。
同社は孫の池原優さん(31)が2015年から3代目を継ぐ。創業当時からの工場で伝統の製法を守りながらも、味に変化を加えた。「自分がおいしいと思うものを造りたい」からだ。
その言葉に、新しいものと古いものが織り交ざりながら魅力を醸し出すこの地域の力強さを勝手に重ねながら、酒造所を後にした。
(2018年11月4日 琉球新報掲載)