豊見城市真玉橋と那覇市鏡原町を結ぶとよみ大橋に男性の像が立っていますよね。あれって何ですか? 詳しく調べてください。
(豊見城市 わんおじー)
何とも興味深い質問が寄せられましたね。まずは像を見に行きましょう!
男性の像を追う
とよみ大橋は国場川と饒波川の合流地点にかかる全長445メートルの橋。野鳥の飛来等に支障を来さないよう工夫が凝らされた沖縄初の斜張橋で、開通は平成5年11月24日。
現場調査するべく橋を徒歩で渡ってみると…。見えてきたのはウオーキングする地元の人たちの姿、歩道に描かれている爬竜船やエイサーなどの絵。調査依頼の男性の像は、豊見城側の端、とよみ大橋(東)交差点付近にありました!
案内板がないので、地元の人に聞いてみました。調査員を快く迎えてくれたのは、生まれも育ちも豊見城市という「とよみ税理士法人」(豊見城市)の代表税理士・平良豊さん。
像の写真を見せると「え?これがとよみ大橋の交差点にあるんですか? 全く分かりません。これ、正解が分かったほうが良かったですよね(笑)。仕事でもプライベートでもよく車では通るのですが…。あの付近は趣味のロードバイクのコースにしてなくて、徒歩でも3~5回ぐらいしか渡ったことがないんです。今度はちゃんと見てみます」と、照れながら答えてくれました。
沖縄総合事務局南部国道事務所に問い合わせると、どうやらこの像は「爬竜船の舵取(かじとり)の像を表すモニュメント」。提供資料によるとこう。
「今から6百年前、沖縄が中山・南山・北山に分かれていた頃、南山の汪応祖が“とよみ城” を築いた。湖の入江は中国(久米村)の人々の船遊び場として使われた。その地理的条件から、中国交易の産物の一つとして、中国福州の5月5日の爬竜船競漕が取り入れられた。この爬竜船の舵取の像が交差点を監視し、交通安全を呼びかけ、ドライバーに注意をうながす等、このモニュメントの持つ意味は大きい」
先人の優しさがにじみ出ているようでジーンときます。
歌碑もありました
それともう1つ。とよみ大橋(東)の交差点付近に「豊見城ハーリー歌」の歌碑を発見。豊見城市産業振興課に電話してみると、豊見城龍船協会事務局長の赤嶺秀義さんを紹介してくれました。
「これはね、僕を含む有志のボランティア団体でお金を集めて建てた歌碑です。多くの会員の想いが詰まっています。僕は、若い時はどう稼いでどう女の子と遊ぶかばかり考えていたけど(笑)、年取ったら、自分の地域のことばかり考えていた。僕は21歳の頃から三線を買って習っていたし、石切りや左官の仕事もしていたもんだから、歌碑を思いついた。それで僕の三線の先生、故田港保弘先生(琉球古典音楽安冨祖流)を通じて出会った、琉球古典音楽の人間国宝・故照喜名朝一先生に恥を偲んで『お金はないんですけど…』という事情を話したら『お金はなければつくればいいんだよ』と応援してくれてね。それでハーリー歌の歌詞を作ってくれたんです」
さらに「沖縄にはもっと魅力がある。地元(足元)に宝物があるのを気付いてほしい。ITや英語も大切だけど、先人の文化や生きざまはもっと大切にされるべきだと思うよ」と、くしゃっとした笑顔を見せます。
とよみ大橋(東)の交差点から那覇市古波蔵側にかかる爬龍橋には、明治初期の「漫湖周辺地形図」やニライ・カナイと海をモチーフにした壁画、昔の「那覇港之図」「首里那覇港図」などが描かれています。秋風に吹かれながら歴史散歩しませんか?
〈参考資料〉
・「南部国道30年のあゆみ」(平成14年内閣府沖縄総合事務局南部国道事務所)
・「爬竜橋」(沖縄県土木建築部南部土木事務所)
(2022年11月10日 週刊レキオ掲載)