僕はよく、唐突に道端にしゃがみこむ。おなかが痛いわけではなく、道の端を歩く「アリ」を見るためだ。アリの研究を仕事にしている僕にでも、歩きながら目に入るアリはごくごくわずかだ。そこで、道端にしゃがみこんでじっと目を凝らす。1分ほどすると、そこには驚くほどたくさんのアリたちが活動しているのが見えてくる。ここ沖縄本島には、日本のアリ全種類の3分の1、実に110種を超えるアリがすむ。街中の道路脇の芝生にさえ、しゃがむだけで4から5種類のアリが確認できるのだ。
ふと、僕がアリ研究者になったのも、校庭で捕まえたアリがきっかけだったことを思い出す。当時中学校教員だった僕が、何気なく校庭で拾い集めたアリ。誰もいない理科準備室に持ち帰り、ひとり顕微鏡でのぞいた時の、雷に打たれたような衝撃は今でも忘れない。茶色とか黒とか、野外では地味で同じように見えた小さな“ただの”アリたちも、顕微鏡の下では、あるものは胸に鋭いトゲを、あるものは全身に彫刻を、そしてあるものはフサフサの毛をまとい、想像もしないほどに多彩だった。驚きと感動は、すぐに疑問に変わった。「なぜ、こんなにもいろいろな形をしているのだろう?」。そんな素朴な疑問を出発点に研究を始め、やがて大学院への進学を決めた。
あれから15年以上の月日が流れ、僕は今、「OKEON 美ら森プロジェクト」と名付けた沖縄の環境モニタリング研究のコーディネーターとして働く。沖縄科学技術大学院大学という最先端の環境で、憧れの研究者という肩書も手に入れた。校庭のアリから沖縄全体の自然環境へと研究対象も広がった。ただ、研究をすればするほど、自分の足元にも、まだ誰も知らない不思議が溢(あふ)れていると思い知らされるのだ。
(2016年4月8日付琉球新報掲載)
吉村正志(よしむら・まさし)
沖縄科学技術大学院大学(OIST)研究員、農学博士。北海道で牛飼いになることを夢見て酪農学園大学へ。卒業後、利尻島で中学校教諭をする中で研究に目覚めて世にも珍しい雄アリ研究者に。2014年よりOIST。沖縄の環境研究「OKEON 美ら森プロジェクト」コーディネーター。1971年生まれ、神奈川県出身。