葉を揺らす風、屋根を打つ雨音がいつもより響いて聞こえる。今帰仁村謝名、木々に囲まれた坂道を上った所に建つ「染織工房バナナネシア」。ロッジ風の工房では、福島泰宏さん(59)が芭蕉布と芭蕉紙づくり、妻の律子さん(55)が紅型染めに精を出している。
埼玉県出身の泰宏さんと宮崎県出身の律子さんは1985年、沖縄へ移り住んだ。学生時代から沖縄の伝統文化に興味があったという泰宏さん。「最初から最後までの作業工程が、一つの集落で完結しているところがいい」と大宜味村喜如嘉で芭蕉布づくりを学んだ。そして読谷村で22年間に渡って工房を構えた後、2014年の夏、牛舎を改築した今の工房に移った。
最初から最後まで-。その原点は今も変わらない。材料となる糸芭蕉は種から育て、用途に応じて皮をえり分ける「苧(うー)はぎ」、竹ばさみでしごき繊維を取り出す「苧引き」、繊維を結んで細い糸にする「苧績(う)み」、染色、機織りなど、いくつもある工程を泰宏さんは全て一人でやる。「一つ一つをきちんとやっていくことで前の工程の反省を生かせる」。通常は3、4種類に分ける苧はぎの工程で13種類に分けるのも、感覚を培ってきた結果だ。
苧引きや苧績みの工程で、布に使わない繊維部分が残る。手をかけて育てたものを無駄にしたくないと、10年以上前からそれを原料にした「芭蕉紙」づくりも手掛けている。ひんやりとした質感が手に心地よく、渋く深みのある風合いが何ともいえない。泰宏さんは「一本の木を全て使っているのがうちの売り」とにっこり。
工房のもう一人の“職人”、律子さんは紅型染めが専門。麻や綿だけでなく、夫が手掛けた芭蕉布や芭蕉紙にも彩りを挿す。人気の高いポストカードを絵付けする際には、けば立ちを抑えるため柔らかい鹿の毛で作った筆を使うなど工夫しているという。
バナナネシアの製品は今帰仁村の「ふるさと納税」の返礼品になっている。工房では時には、外国人の来訪者が紅型染め体験を楽しむ。工房名のバナナネシアは、芭蕉の英語表記「バナナ」と、ミクロネシアやポリネシアなど島々を表す「ネシア」を合わせた造語だ。地域や時代を超えて受け継がれてきた伝統工芸の担い手として、つながりを生み出していきたい-。丁寧に、真摯(しんし)に、ものづくりと向き合う。
文・大城周子 写真・金城実倫
<道具箱>
芭蕉には食用バナナを実らせる実芭蕉、繊維の取れる糸芭蕉、観賞用の花芭蕉があり、このうち糸芭蕉が布や紙の原材料となる。染料は藍や車輪梅(シャリンバイ)、紅露(クール)などの植物染料が使われる。
芭蕉布は13世紀ごろには既に沖縄で生産されていたといわれる。かつては琉球弧を含む各地で織られていたが、現在は大宜味村喜如嘉が主な産地となっている。1974年に喜如嘉の芭蕉布が国の重要無形文化財に指定され、2000年にはその復興に尽力した平良敏子さんが人間国宝に認定された。
(2016年6月21日 琉球新報掲載)