<金口木舌>「闘牛場で逢おう」


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 忘れられない一戦がある。スポーツではない。1992年3月22日、全日本闘牛大会のシーの一番。沖縄横綱の2代目ゆかり号と本土横綱の前鉄筋一号の日本一をかけた対戦に、沖縄闘牛の醍醐(だいご)味を見た

▼復帰20年記念大会という触れ込みも手伝って、「ヤマトに負けるな」という観客の高ぶりが名護の闘牛場を満たしていた。激闘20分の末、ゆかり号が前鉄筋一号に背を向けた瞬間のどよめきが、今も耳に残る
▼闘牛場の外に出ると、闘牛士や大勢の観客が敗れたゆかり号を取り囲んでいた。皆がうなだれていた。牛と悔しさを共有する家族のような親和感が漂っている。見ていて胸が熱くなった
▼21年前の熱戦の映像があると闘牛アナウンサーの伊波大志さんが教えてくれた。早速入手し、観戦した。聞き覚えのある当時の闘牛アナの絶叫が場内に響く。高揚感と共に牛に思いを寄せる家族の輪が目前によみがえった
▼闘牛は「知恵と技の総合格闘技だ」と伊波さんは話す。牛主や闘牛士の情熱が激闘を支えている。「写真集 闘牛女子。」を出版した久高幸枝さんは牛舎を舞台とした家族の愛情物語をファインダー越しに見つめる
▼全島闘牛大会が100回を迎える。エッセー集「競馬場で逢(あ)おう」を残した寺山修司を気取って「闘牛場で逢おう」と言ってみたい。そこは人情味あふれる物語との出会いの場でもある。