<金口木舌>わざわい


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 一つの文字を長く眺め過ぎて、わけが分からなくなった経験はないだろうか。一つ一つの線にしか見えなくなり、字の持つ意味がつかめなくなる状態だ

▼心理学でゲシュタルト崩壊といわれる。まとまりのあるものをばらばらのパーツに捉えてしまう認知能力の現象を言うそうだ。作家の中島敦がこの現象を作品「文字禍」で書いている
▼古代アッシリアの図書館で夜な夜な聞こえる声。文字の精霊の声だと考えられるようになる。王にその研究を命じられた老博士は、ばらばらの線に見えてくる文字に意味を持たせている霊の存在を確信する
▼何げなく使う文字に注目し過ぎた老博士には災いが訪れる。何げないことに目を向けさせたという意味では、現世を席巻する災いも共通する。コロナ禍で、当たり前の生活のありがたさを痛感させられた
▼同訓異字を解説する「漢字の使い分けときあかし辞典」によると、本来「災」は火がもたらし「禍」は神仏がもたらす。「禍根を断つ」のように、禍は防げたものを指すともあり、考えさせられる
▼漢文に由来する「わざわい転じて福となす」は、禍を当てるのが原文に忠実というのが前出の辞典の解説。禍福はあざなえる縄のごとしとも言うから繰り返されることも考えられる。新しい生活様式が取り沙汰される。不便を強いられた生活を忘れず、手抜かりのないようにしたいものだ。