<金口木舌>万歳は誰のために

 那覇市首里山川町の付近はかつて万歳嶺(ばんざいれい)(俗称・上(ウィー)ナチジナームイ)と呼ばれた。市資料によると、琉球国王・尚真が遊覧した際、国の繁栄を願う万歳の声が起き、1497年に「万歳嶺記」の碑を建てた

▼長い年月を表す中国の言葉「千秋万歳」が万歳の由来。万歳は長寿のほか、皇帝の寿命の意味もある。「明治事物起原」によると、両手をあげて祝意を表す行為の始まりは、1889年、大日本帝国憲法の公布時からだ
▼76年前、サイパンやテニアンの南洋群島で日本軍と米軍の地上戦が展開された。多くの県系移民も巻き込まれて犠牲となった。サイパンの組織的戦闘は7月7日に終わった
▼島を2カ月間逃げ回った住民や、「集団自決」(強制集団死)も発生した。サイパンのマッピ岬では「天皇陛下、万歳」と叫びながら海に身を投じる人がいて、米軍は岬を「バンザイクリフ」と呼んだ
▼9カ月後、同じ悲劇が沖縄でも繰り返される。第32軍司令部が置かれた首里は激戦地となり、首里城は燃えた。万歳嶺記の碑も破壊された。両手をあげる行為は投降、無抵抗の意思表示にもなった
▼戦後、万歳嶺の頂上付近に首里観音堂が再建され、碑も敷地内に復元された。万歳の語意には「いつまでも生きる」も含む。それは為政者ではなく、一人一人の民のためにある。南洋戦と沖縄戦で刻まれた教訓である。



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