「あ、イヌが来た」。北海道江別市の清水裕二さんが小学生の頃、同級生が言った。振り向くと犬はいない。同級生が清水さんをあざ笑った。母は清水さんに「勉強してシャモ(和人=アイヌではない日本人)になれ」と言った
▼成績優秀だった清水さんは教師になった。近年は市民団体「コタンの会」共同代表としてアイヌ民族の権利回復運動に取り組む。ただ幼少時からの被差別体験のせいで、自身の出自を公表するまで長い年月を要した
▼日本テレビの情報番組「スッキリ」でアイヌ民族に焦点を当てたドキュメンタリー番組を紹介した際、出演者が謎掛けを披露し「あ、犬」と発言した。視聴者から批判があり、同社は「アイヌの方たちを傷つける不適切な表現があった」と謝罪した
▼アイヌ民族は政府の同化政策で固有の歴史や文化、言語などを否定されてきた。差別を恐れ、出自を隠して生きるアイヌ民族は今も多い。しかし国内での理解はまだ深まっていないようだ
▼番組で紹介された動画はアイヌ民族の萱野りえさんが米国の先住民族と交流する物語だ。言語や文化を取り戻す活動をする先住民女性は「私のすることは全て先人の夢である」と語る
▼出自と向き合うことに迷いを抱える萱野さんにこの言葉が勇気を与えた。差別を乗り越え固有の歴史、文化を守るすべを模索する状況は沖縄にも通じている。