<金口木舌>ノーベル文学賞


この記事を書いた人 Avatar photo 宮城 菜那

 ことしのノーベル賞は前半、日本人の受賞が相次ぎ、お祭りムードに包まれた。それまでの暗い世相を吹き飛ばす快挙で、追及されたくない部分を抱える人には一層の朗報だったか

▼中でも注目を集めたのが文学賞だ。もはや秋の風物詩となりつつある村上春樹さんの受賞待ちの風景だが、最終選考に残っているのか実は誰も知らない。下馬評から最有力候補と目されているのだという
▼メディアが意識的に取り上げた側面もある。注目が集まればビジネスも生まれる。この時期に合わせるように自伝的エッセー「職業としての小説家」が出版された。低迷する出版界にあって書店による初版買い占めも話題になった
▼村上さんの作品には独特の世界観がある。日本でなかったり、この世でもなかったり。英語で書いて日本語に「翻訳」したという独自の文体、さまざまな比喩に込められたメッセージ。伏線も多い。謎多きところも興味をかき立てる
▼最新エッセーで、小説と対比する形で新聞記事について「あまりにも早急に『白か黒か』という判断を求めすぎているのではないでしょうか?」と提起した。常に分かりやすさを追求する記者に、ふと立ち止まる機会も与えてくれる
▼文学賞の評価には「何より大事なのは良き読者」と言い切る。賞目当てでなく読者に向けて書く。それは小説家も新聞記者も変わらない。