<金口木舌>暖簾の意地


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 「白い巨塔」や「沈まぬ太陽」など社会派作品で知られる作家の山崎豊子さんは大阪・船場の老舗昆布屋に生まれた。初期の作品は船場が舞台で大阪商人の生き様や人間模様が色濃く反映されている

▼デビュー作「暖簾(のれん)」に印象的なシーンがある。丁稚(でっち)からのし上がった昆布屋、吾平の店に中毒事件が持ち上がる。冤罪(えんざい)と分かった後、包み紙に小さな破れがあったことが疑いのきっかけだったと知る
▼大阪商人の信用と格式の象徴として表される暖簾という言葉。最近ではブランドという方が通りがいいかもしれない。そのブランドを持つ企業がデータ偽装、施工不良の疑いを掛けられている。横浜市の大型マンションが傾いた問題だ
▼くいが固い地盤まで届いていないことが主因という。売り主は「三井」、くい打ちのデータを改ざんしたとされるのは「旭化成」の暖簾の下にある。いずれも名の知れた企業で、まさか、と世間を驚かせた
▼買う側からしてみれば、地中のくいなど確認できない。だからこそ企業を信用して選ぶ。自分の住まいはどうか。他のマンションでも問い合わせが殺到しているそうだ
▼吾平は、信用を得る難しさを肝に銘じ店を再建する。それは細心の注意を払った製品作りと顧客対応、船場商人の意地だった。泣きたいのは会見した社長ではなく、一生ものの買い物を裏切られた住民だろう。そして暖簾も。