<金口木舌>遺構のロマン


この記事を書いた人 Avatar photo 宮城 菜那

 八重山支局時代、石垣島の廃村跡に通ったことがある。草木生い茂る中で石積みやフール(豚便所)などの遺跡に出合い、かつての島の暮らしに思いをはせた。なぜか遺跡は人を引き付ける

▼再開発中の那覇バスターミナル地区から、戦前の県営鉄道(軽便鉄道)那覇駅で使われていた転車台(ターンテーブル)とみられる遺構が見つかった。今後調査に当たる那覇市文化財課の担当者は「転車台に間違いないだろう」と話す
▼車両を転回する際に使った装置で、赤れんが造りの円形の土台がはっきり確認できる。嘉手納、与那原、糸満の各路線を結ぶ那覇駅だけにあったそうだ。那覇市内で地下からケービンの遺構が見つかるのは初めてという
▼1944年に沖縄を襲った10・10空襲でケービンも破壊され、戦後はその上に那覇の街が復興・発展してきた。それがくしくも戦後70年のことし、地下から再び姿を現した。ビルの谷間に浮かぶ遺構を見ているとロマンがかき立てられる
▼日本で最初に開業した鉄道が通った横浜。港の公園には関東大震災で埋もれていた地下の転車台と鉄軌道の遺構がガラス越しに保存され、訪れる人の足元でかつての営みを今に伝える
▼今回見つかったケービンの遺構はどう保存するのか、まだ決まっていない。横浜のように見える形で残されたら、見る人に何を語り掛けるだろうか。