<金口木舌>沖縄の痛みと向き合って

 東京都内にあった佐木隆三さんのお宅を1992年春と95年冬の2度訪ねた。復帰20年、「コザ騒動」から25年という節目で話を聞くためである

▼取材が一息ついた後、真っ昼間なのに日本酒を振る舞ってくれた。佐木さん流のもてなしだったろう。95年の取材では「沖縄の痛みを日本全国が分かりかけてきた」と語ってくれた。10・21県民大会から発したうねりが全国に広がっていた
▼71年から73年までコザで暮らした。特飲街に身を置く女性たちと語らい、その街から世替わりを見詰める。それがルポルタージュ作家・佐木さんの取材姿勢だった。復帰の瞬間も北谷町の飲食店で迎えた
▼激動の時代の片隅で懸命に生きる人々を佐木さんは描いた。米統治下で最も屈辱を味わい、虐げられている人々と向き合った。そこに沖縄の痛みを見いだしたのだろう。痛みへの視線は後の犯罪小説にも貫かれた
▼「恋文三十年」という作品で取り上げた翻訳家の仲間徹さんもまた、米兵と結婚した末に困難を抱えた女性たちと向き合った。相通じるものがあったはずだ。仲間さんはことし3月に逝き、佐木さんも10月31日に亡くなった
▼戦後70年を迎えた沖縄への伝言を記してほしい。そんな思いで寄稿をお願いしたが、体調が許さなかった。沖縄の痛みは今、日本本土に伝わっているだろうか。それが聞けなかったことが悔やまれる。



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