<金口木舌>沖縄を導く恩師

 人生を導いてくれた恩師は忘れ難い。その人を語ることは自らの歩みを語ることであり、貴重な学恩を若い世代へ手渡すことにもなる

▼23日に講演した大江健三郎さんの恩師はフランス文学者の渡辺一夫さんである。この人に学ぶため東大を目指し、一度は受験に失敗したという体験をにこやかに回想し、会場を沸かせた。「落っこちたことが僕の人生をつくっている」
▼50年にわたる作家と沖縄の関わりの中にも恩師は登場する。1971年夏から復帰を挟んで73年秋にかけて、大江さんは元県知事の大田昌秀さんと共に小冊子「沖縄経験」を発刊した。表紙絵は渡辺さんによるものだった
▼その一枚は長い鎌で草を刈る農民を描き、遠景に城を据えた。米軍や復帰後をにらむ日本政府が城に君臨している。鎌は「すぐさま抵抗の武器にもかわりかねぬもの」。県民の憤りの象徴である。大江さんの解釈だ
▼渡辺さんは「驚くほど正確に私の想念を捕らえている」と大江さんの解釈を評している。教え子と恩師の揺るがぬ信頼、県民の期待を裏切った復帰の内実を厳しく見詰める問題意識の共有がここにある
▼民主主義や平和主義を顧みぬ為政者が幅を利かす今、私たちは敗戦に学び、憲法の理念を実践してきた沖縄の体験を師としたい。鎌を握らずとも、王道は見えてくる。そのことを大江さんは語ったように思う。



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