<金口木舌>重い遺産


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 銀幕から姿を消して50年余、存在そのものが伝説だった元映画女優が逝った。自らの信念を妖怪に託し、作品を描いた漫画家もこの世を去った。原節子さんと水木しげるさん。戦時を生き、それぞれの場で戦争を表現した2人であった

▼1953年の名作「東京物語」で原さんは夫を戦争で亡くした女性・紀子を好演した。笠智衆さんが演ずる義父が再婚を勧め、紀子が涙する名場面は、敗戦から8年という時代と共鳴した
▼戦前は戦意高揚を意図した映画にも出演した。戦後は一転し、「青い山脈」など新時代の訪れを告げる作品のヒロインとなった。日本映画史に名を残した大女優は、価値観の大転換をどう見詰めたのだろうか
▼水木さんはパプアニューギニアの戦闘で九死に一生を得た。「ゲゲゲの鬼太郎」などの人気漫画と並行して「総員玉砕せよ!」などの戦記物を世に問うた。戦争への怒り、戦場で倒れた仲間の鎮魂を作品に込めた
▼出征を前につづった手記がことし公開され、話題となった。「過去も未来もない。現在を唯戦ふ時代だ」という記述に、戦死の恐怖と向き合い苦悩する学徒の生身の姿が深く刻まれている
▼原さんは最後まで沈黙を守った。水木さんは晩年まで創作を続けた。2人が残した作品は戦争の悲惨さ、失ったものの大きさを私たちに語り掛けてくれる。戦後70年が生んだ重い遺産である。