<金口木舌>記憶遺産


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 渡嘉敷島の「集団自決」(強制集団死)で子を亡くした母が詠んだ琉歌という。「ボケぬ来んうちに/書きとみてうちょて/かなし子孫に/語れうちゅん」。沖縄戦の教訓を忘れないうちにと愛しい子孫へつなぐ。母の顔が目に浮かぶ

▼「後世に何を伝えるか」を討議する平和シンポジウムが5日、沖縄国際大学で開かれた。席上、沖縄戦の記録映像を収集した元1フィート運動の会副会長、石川元平さん(77)が紹介した一首である
▼石川さんは「私の活動の原点となった一首」と言う。1フィート記録映像も最近は「製作された戦争映画と見間違う子もいる」と驚きを交え報告した
▼平成生まれの学生100人へ沖縄戦について聞いたアンケートがある。沖国大大学院生の角野大さん(25)がまとめた。「沖縄戦の話を聞いた人との関係性」の問いでは「祖母」が44%で最多。次いで「講師や先生」も24%に上った
▼記憶継承の営みは身内から学校に比重が移る傾向にあり、増えこそすれ減ることはない。死にはあらがえないが、人の死は2度あるといわれる。1度目は肉体が朽ちゆく死。2度目は人々の記憶から消え去った時という
▼幾多の命が奪われ、生き残った者がそれこそ「かなし子孫に」と語り継ぎ、書き留めた記憶。戦後70年が過ぎゆく中、命をつなぐ記憶遺産が2度目の死を迎えてはならない。