<金口木舌>ありがとう、とみおばあ


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 1971年7月17日、新劇団の旗揚げ公演があった。劇団の名は「潮」という。団員の一人に平良とみさんがいた。老け役が板についていた舞台女優はこの時、42歳であった

▼公演の1カ月前、日米両政府が沖縄返還協定に調印した。慌ただしい世相を縫うように劇団は船出した。「演技力はしっかりしている」とは本紙の劇評である。とみさんは30年の芸歴を重ねたベテランだった
▼映画「ナビィの恋」で愛らしい「おばあ」の役が定着した。「恋を忘れかけた年になって、こんな役が回ってくるとは」と当人は語った。ドラマ「ちゅらさん」で全国区の「おばあ」となった
▼しまくとぅばへの継承にこだわった。ほぼ全編をしまくとぅばで講演したこともある。夫の進さんと講座も持った。伝えたいことがあったのだろう。それは沖縄のちむぐくる(真心)であったに違いない
▼「ナビィの恋」の一場面が心に残る。「愛してるランドで幸せになるさあ」と言い残し、共演した進さん演じる初恋の人と小船で島を離れるとみさんの笑顔は爽やかな感動を呼んだ。この笑顔こそ、苦しさを乗り越える心の糧となる
▼新報ホール50年の歴史を閉じる集いにとみさんがいないのは寂しい。沖縄の優しさ、希望、そして郷土愛。多くのものを県民に残して静かに船出した魂へ感謝を込めて祈りたい。ありがとう、とみおばあ。