<金口木舌>心の飢餓


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 野坂昭如さんの訃報を聞き「飢餓」の2文字が浮かんだ。空襲後の焼け跡で飢え、妹を栄養失調で亡くしている。「焼け跡闇市派」を名乗り、飢餓体験を通じて戦後日本を見詰めた

▼行動する作家は政治にも挑んだ。ここにも飢餓が根っこにあった。農村の衰退による食料不足がもたらす飢えと空虚な繁栄の中で進む心の飢えを論じた。その先にあるのは反戦への強い意志であった
▼盟友の永六輔さんのラジオ番組で、療養中の野坂さんの手紙が毎週紹介された。12月7日放送分の手紙では「日本が一つの瀬戸際に差し掛かっているような気がしてならない」と記した。74年前の日米開戦に触れ、日本の行く末を憂えた
▼新基地建設が進む沖縄を案じた。ことし4月に放送された手紙では「戦後70年、沖縄の戦争は終わっていない。これを忘れるな。沖縄を無視し続けるのは、国を挙げてのいじめである」とつづった。沖縄に対する本土の無関心を厳しくいさめた
▼「県民の気持ちには魂の飢餓感がある」と表現したのは翁長雄志知事であった。野坂さんも不条理がはびこる沖縄に、癒やすことのできない心の飢餓を感じたのではないか
▼希代の作家を浦添市での講演会と那覇市での選挙演説で見掛けた。選挙演説では米をテーマに食料の危機を論じていたと記憶する。沖縄にあって、飢えてさまよった焼け跡を見たのだろう。