<金口木舌>澤引退の日に考える 歴史切り開く精神


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 「妻は婚姻に因(よ)りて夫の家に入る」(1898年施行の民法)「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」(1947年の改正民法)

▼明治から昭和にかけて家父長制の日本がせっせと夫婦別姓禁止の法整備を進めた時代、英国で女子サッカーが興隆した。第1次世界大戦勃発(ぼっぱつ)で男性が出征するとチャリティーでも行われ、“本家”男子サッカーに迫る人気を博した
▼しかし1921年、イングランドサッカー協会は「(競技が)女性の健康を損なう」という奇妙な風説に乗り、女子へのグラウンド貸し出しを禁じた。オランダやドイツもこれに倣う。通達撤回は50年も後だった
▼澤穂希選手が引退する。男子以上に無名だった女子サッカー日本代表に15歳で選ばれW杯に6回出場、2011年ドイツ大会では得点王に輝き初優勝に導いた。「サッカーの神様などいない。頼れるのは自分だけ」
▼ピッチに己の身体と精神ひとつ、ボールを奪い仲間と勝って時代を切り開いた希代の競技者が引退を発表した日。最高裁は夫婦別姓禁止の民法規定は合憲と示した。百年前と変わらぬ足踏み、果たして同時代の出来事か
▼9割の女性が夫の戸籍に入る現実の中、女性が受けてきた不利益や喪失感に大きく当たった光を消してはならない。家族とはお家制度によらず、そこに持ち寄る心がつなぐ信頼であるはずだ。