<金口木舌>忘れない誓いを


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 潮の香りを感じる湘南に82歳の女性をかつて訪ねた。古謝トヨ子さん。神奈川県内の病院で看護婦長を務めた後、老健施設に勤務する。柔らかな笑顔ときびきびした動作は年齢を感じさせない

▼古謝さんは沖縄出身の両親の下、フィリピン・ミンダナオ島で生まれた。幸せな子ども時代は小学6年で断たれる。米軍の高射砲が撃ち込まれる中、山中を逃げ惑った
▼すぐ下の妹は行方不明。父は収容所で死亡。母は子どもを連れ引き揚げ船に乗ったが、富士山が見えたところで息を引き取った。浦賀港に降り立ったトヨ子さんらきょうだい4人は孤児施設に引き取られた
▼日本軍が軍政を敷いたフィリピンは、日米の激しい戦闘に巻き込まれた。フィリピン人の戦死者は100万人超。51万8千人の日本人が亡くなり、沖縄県出身者は1万2千人に上った
▼戦後、祖父は孫4人の引き取りを望んだ。しかし米軍占領下の沖縄の苦しい状況を知っていた古謝さんは帰郷をためらった。「祖父は毎日外が見える家の角に座って私たちを待っていたそうです」。古謝さんの悔悟の言葉だ
▼天皇皇后両陛下がフィリピンを訪ねた。友好の旅とはいえ、その地を踏む以上、日本によってもたらされた犠牲に向き合わざるを得ない。命や家族の絆を奪った戦争。戦争被害を「許すが忘れない」というフィリピンの人々に、忘れない誓いを立てたい。