<金口木舌>小さき者へ


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 妻に先立たれ、残された子に父が人生を語り掛ける。作家有島武郎の「小さき者へ」は「生命に一番大事な養分」である母を幼くして失った子どもに生きるつらさ、それに立ち向かう心持ちを伝える

▼誰しも親を選んで生まれてくることはできない。成長するにつれて、親がいないことに「なぜ」との疑問が膨らむ。環境が周囲と違うことに苛(さいな)まれる時の支えを、有島は著書に込めたのだろう
▼児童養護施設美さと児童園(沖縄市)は親と離れて暮らす児童、生徒が集う。ことしも6人が就職、進学へと羽ばたく。2歳から16年間在園した女性にとって、園は家も同然で「原点」という
▼人間関係の悩みから気持ちがささくれ立ったこともあった。そんな時、親身になって悩みに向き合い、支えてくれた人たちに「ここまで育ててくれてありがとう」と壮行会で感謝した
▼さまざまなことを他より何倍も考えたのだろう。その分、人生の決断も早かった。高校生活で調理師になる夢を描いた。「お店を開きたい。夢が実現したらお世話になった人たちを招待する」
▼だが人生は前途洋々とばかりはいかぬ。有島は母なく育つ子へ向けて最後にこう結ぶ。「前途は遠い。そして暗い。然(しか)し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ」。園を囲むみんなが開店を心待ちにしている。