<金口木舌>寄り添った取材


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 やれば何でもできるものだと実感した。1997年3月、イベントの同行取材で帆船に乗り、約1週間かけて中国へ渡った

▼高所は苦手だったが、揺れる船の上で、乗組員と共に高さ32メートルのマストに登り、帆を張ったり、畳んだりする作業を繰り返した。最初は体がすくんだが、最後は一番高いマストてっぺんでの写真撮影を許可してもらった
▼記者は複数の取材を掛け持ちした場合、短時間で切り上げなければならないことがある。時間を気にしなくてよければ思い切って輪の中に入り、取材対象と同じ体験をする。そこで初めて分かる感覚や得られる情報もある
▼先日、新基地建設で揺れる名護市の久辺3区で辺野古移設の是非を問うアンケートをした。記者8人が日中と夜間に分け、一軒一軒時間をかけて回った。デリケートな問題だけに、回答を得られた数と同じくらい拒否された
▼地元はほぼ容認だという先入観があったが、そう単純ではなかった。「反対だけど、諦めている」「いいかげん疲れた」。住民の表情、対応に触れることで、地元が抱える複雑な思いを垣間見ることができた
▼地域に入ると、それぞれの地元で町おこしに情熱を傾けている人が多いことに気付く。輪の中に入って一緒にごみを拾ったり、田植えを体験したり。時間がある限り地域に寄り添った取材がしたい。それも町おこしにつながると信じて…。