<金口木舌>どんづまり、情けない人


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 連休中の本紙に珍しい名があった。つげ義春氏、78歳。1960年代から漫画雑誌「ガロ」で活躍した。手塚治虫氏や水木しげる氏と並ぶ漫画家だが、彼らに比べればその名を知る人は多くないかもしれない

▼「ねじ式」(68年)などの一連の夢作品、私小説風に描いた「無能の人」(85年)などの世捨て人シリーズ。主観を排してあるがままを描くリアリズムを追求する。寡作で有名、29年前に描いた「別離」を最後に体調不良などで休筆中だ
▼「津部さんアンポって知っている?」「アンポ?何ですそれ」「おれも知らねんだ」「その頃反安保闘争が激化していたというが/私はそんな騒ぎも知らずにいた」(隣りの女)
▼不幸な生い立ちに貧乏の悲惨、神経の不安。「生きる困難から逃げ出したい」「社会に関心はない」と世俗から全力で逃げる。その目が愛情すら持って捉えるのは、世間から取り残されたどん詰まりの風景や情けない人
▼独文学者の池内紀氏はこう書く。生きる上で私たちは自分以外の何かになりたがるが、つげは逆に「執拗(しつよう)に自分からはなれない」。原っぱやどぶ川で1人吐く息を吸うのは「とびきり強い人にしかできない精神の力業」だと
▼今でも新しいファンが生まれ「生きていてくれればいい」と言わしめる。戦後日本を引っ張った漫画家が次々に世を去りつつある今、思い出したい人である。