<金口木舌>犠牲を見つめ、戦後を生きる


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 米軍属に命を奪われた女性の遺体が見つかった恩納村の雑木林を2度訪ねた。容疑者逮捕の数日後と県民大会の前日である。県警が設置した規制線の前に花束が並ぶ。その一つ一つに県民の悲しみと怒りがこもる

▼女性への私信を記した紙片やぬいぐるみもある。同世代が書いたのだろうか。「苦しく、くやしかったネ」「たまには夢に出てきてね。会いたいです」という文面に胸を締め付けられる
▼菓子類も多い。この地に立った人々は生前の女性を想像し、これ以上犠牲を繰り返すまいと誓うだろう。花束を前にして、ふと思う。私たちは沖縄戦の犠牲者にも同じように向き合ってきたのではないか
▼慰霊の日、糸満市の魂魄(こんぱく)の塔の周囲には、花束や料理を盛った紙皿が並ぶ。お酒やたばこを手向けるのは亡き家族をしのんでのことだろう。遺族の記憶に残る犠牲者の姿は71年前のままだ
▼沖縄戦の犠牲となった家族を悼むように、私たちは蛮行の犠牲となった若い女性を悼む。沖縄戦と基地ある故の事件で失われた数多くの命を見つめ、県民は生きてきた。戦後沖縄の素顔は深い苦悩を刻んでいる
▼「あなたの死を無駄にはしない」。彼女にあてた言葉の一つだ。同じように私たちは沖縄戦の犠牲者に語り掛ける。県民はあす、それぞれの場でこの言葉を繰り返すだろう。心の中で鎮魂と平和の願いを添えた花束を握りしめて。