<金口木舌>にがいクリスマス


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 1908年12月25日、「琉球訳賛美歌」と題した伊波普猷の投稿が本紙に載った。「沖縄学の父」が、クリスマスに歌う賛美歌の琉球語版に挑んだ。「近頃の珍品」と本紙は寸評を添えた

▼キリスト降誕を「御万人(おまんちゅ)の君の思子(おみぐわ)や/こよひど天降(あもり)めしやうちやる」と訳した。現在では「神の御子(みこ)は今宵(こよい)しも/ベツレヘムに生まれたもう」の歌詞で知られる。賛美歌の中にあって「御万人」の三文字が新鮮だ
▼敗戦後、沖縄で聖夜を祝うのは米軍だった。47年12月26日付の本紙にクレイグ軍政府副長官のクリスマスメッセージが載った。各地の孤児院は米兵が扮(ふん)したサンタを迎えた。クリスマスの華やぎは庶民に縁遠い
▼同じ年、伊波は最後の著書「沖縄歴史物語」の末尾に「帝国主義が終りを告げる時、沖縄人は『にが世』から解放されて、『あま世』を楽しみ十分にその個性を生かして、世界の文化に貢献することが出来る」と記した
▼有名な一節に伊波の憂いがにじむ。この本の扉に掲げた仏詩人グルモンの言葉「われわれは歴史によっておしつぶされてゐる」にも灰じんに帰した故郷への思いを託したのであろう
▼一足早いクリスマスパーティーのつもりか。明日の米軍北部訓練場返還式典のことだ。ヘリパッドがプレゼントでは祝う気になれない。御万人は日米両政府の専横におしつぶされている。今も「にが世」なのだ。